・・・世人が毎度いう通りに、まさしく人は万物の霊にして、生まれ落ちし始めより、種類も違い、階級にも斯くまで区別のあることなれば、その仕事にもまた区別なかるべからず。人に恵まれたる物を食らいて腹を太くし、あるいは駆けまわり、あるいは噛み合いて疲るれ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・一日の炎天を草鞋の埃りにまぶれながら歩いてようよう宿屋に着いた時はただ労れに労れて何も仕事などの出来る者ではない。風呂に入って汗を流し座敷に帰って足を延べた時は生き返ったようであるが、同時に草臥れが出てしもうて最早筆を採る勇気はない。其処で・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
序ぼくは農学校の三年生になったときから今日まで三年の間のぼくの日誌を公開する。どうせぼくは字も文章も下手だ。ぼくと同じように本気に仕事にかかった人でなかったらこんなもの実に厭な面白くもないものにちがいな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ドイツからの労働者見学団の若い男女たちは、その収穫の壮大な仕事ぶりを見てきたばかりなので、片言のロシア語やあやしげな英語でさかんにその見事な様子について私に話してきかせる。私がロストフへきていたのもその「ギガント」を見るためなのである。・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
市が立つ日であった。近在近郷の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしていない。それは鋤に寄りかかる癖がある・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・それにわたくしはこんなにかよわいからだではございますが、ついぞ病気をいたしたことはございませんから、島へ行ってから、どんなつらい仕事をしたって、からだを痛めるようなことはあるまいと存じます。それからこん度島へおやりくださるにつきまして、二百・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・そして、軈て来る冬の仕事の手始めとして、先ず柴山の選定に村人達が悩み始める頃迄続いていった。三 まだ夕暮には時があった。秋三は山から下ろして来た椚の柴を、出逢う人々に自慢した。 そして、家に着くと、戸口の処に身体の衰えた・・・ 横光利一 「南北」
・・・私は自己を育てようとする努力に際して、この努力そのものがイゴイズムと同じく愛を傷うことのあるのを知りました。私は仕事に力を集中する時愛する者たちを顧みない事があります。私を愛してくれる者はもちろんそれを承知してその集中を妨げないように、もし・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫