・・・源作は、算盤が一と仕切りすむまで待っていた。「おい、源作!」 ふと、嗄れた、太い、力のある声がした。聞き覚えのある声だった。それは、助役の傍に来て腰掛けている小川という村会議員が云ったのだ。「はあ。」と、源作は、小川に気がつくと・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・かようにしてすべての戸棚や引出しの仕切りをことごとく破ってしまうのが、物理科学の究極の目的である。隔壁が除かれてももはや最初の混乱状態には帰らない。何となればそれは一つの整然たる有機的体系となるからである。 出来上がったものは結局「言語・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・ワシントンからマウント・ウェザーの気象台へ見学に出かけた田舎廻りのがたがた汽車はアメリカとは思われない旧式の煤けた小さな客車であったが、その客車が二つの仕切りに区分されていて、広い方の入口には「ホワイト」、狭い方には「カラード」という表札が・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 上框の板の間に上ると、中仕切りの障子に、赤い布片を紐のように細く切り、その先へ重りの鈴をつけた納簾のようなものが一面にさげてある。女はスリッパアを揃え直して、わたくしを迎え、納簾の紐を分けて二階へ案内する。わたくしは梯子段を上りかけた・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・窓に対する壁は漆喰も塗らぬ丸裸の石で隣りの室とは世界滅却の日に至るまで動かぬ仕切りが設けられている。ただその真中の六畳ばかりの場所は冴えぬ色のタペストリで蔽われている。地は納戸色、模様は薄き黄で、裸体の女神の像と、像の周囲に一面に染め抜いた・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思・・・ 正岡子規 「死後」
・・・春は花壇に綺麗な花が咲くが、まだ深い雪の中から、緑色の花壇の仕切りの先が見えるだけだ。 この頃ミーチャは、いつもこの鳩のいる中庭で母さんと別れる。母さんは、工場で職場代表をやっている。いい労働婦人だ。昔風な接吻なんかしてミーチャを甘やか・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・木の仕切りの中へ入りさえしなければ勝手に見なさってええ」 私共は顔を見合わせ、当惑して笑い合った。今度はYが訊く。「勝手に拝見してわかりますか」「――わたしはな、もう年よりで病気だから、説明が出来ませんじゃ、ここが苦しいから――・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・襖をあけた途端、その中につみ重ねてある雑誌類の上を渡って棚の仕切りの間に消えかかっている鼠の尻尾の先が見えた。「蝋燭! 蝋燭!」 私は、せっかちな声を出して、その小さい灯かげを戸棚の奥へさしいれて見て、「どう? 一寸! これ!」・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
・・・ 脱いで、その仕切りを彼方側へ入ると、また別な上っぱりを着せられた。「ここからは、病気のある――軽い性病のある母親の棟です」 分娩室は今空だ。隅に大きい照明燈があっち向に立ってる。「母親の病室は同じですが……われわれは赤坊に・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
出典:青空文庫