・・・検閲が通らないだろうなどと云うことは、てんで問題にしないでいても自分で秘密にさえ書けないんだから仕方がない。 だが下らない前置を長ったらしくやったものだ。 私は未だ極道な青年だった。船員が極り切って着ている、続きの菜っ葉服が、矢・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・あるいはまた前の如く、二五八三と記すを不便なりといえば、平たく二千五百八十三円と記して、西洋帳合の趣意にしたがうべき仕方もあり。その説はこれを他日に譲る。 小学教育の事 四 方今、世の識者が小学校の得失を論じ、その技芸・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・そんなら銭の費らん研究法をしなくてはならんが、其には自分を犠牲にして解剖壇上に乗せて、解剖学を研究するより外仕方がない。当時は、医学上の大発見の為に毒薬を仰いだりした人の話が頭にあったから、そんな犠牲心も起したんだ。即ち私の心的要素を種々の・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・る、それが復讐に来たのであるから勝手に喰わせて置けば過去の罪が消えて未来の障りがなくなるのであった、それを埋めてやったのは慈悲なようであってかえって慈悲でないのであるけれども、これも定業の尽きぬ故なら仕方がない、これじゃ次の世に人間に生れて・・・ 正岡子規 「犬」
・・・けれどもぼくのはほんとうだから仕方ない。ぼくらは空想でならどんなことでもすることができる。けれどもほんとうの仕事はみんなこんなにじみなのだ。そしてその仕事をまじめにしているともう考えることも考えることもみんなじみな、そうだ、じみというよりは・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・すが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで、折角説き落して洋館説に同意して貰ったまではよかったのですが、見たその洋館というのが特別ひどいところだったので、すっかり愛想をつかされてしまいました。仕方がないから両様の好みを入れて一軒建て・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 言いきって母は返辞を待皃に忍藻の顔を見つめるので忍藻も仕方なさそうに、挨拶したが、それもわずかに一言だ。「さもそうず」 母もおぼつかない挨拶だと思うような顔つきをしていたがさすがになお強いてとも言いかね、やがてやや傾いた月を見・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・決心したことはまずやって見なければ、この道にはいってしまった以上は、もう仕方がない。 しかし、幸いなことには私は、作品の上で成功しようと思う野望は他人よりは少い。いやむしろ、そんなものは希としては持っているだけで、成功などということはあ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・――演劇を今日の堕落から救うには、劇場を皆こわしてしまい、役者を皆殺してしまうよりほかに仕方がありますまい。――詩人には、惑心しない時でも、やはり従わなければなりませんのね。詩人なのですもの。何かそうものをご覧なすったのでしょう。V・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫