・・・ 彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出た。「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン桝にセメントを量り込んだ。そして桝から舟へセメント・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・おらもう少し草集めて仕舞がらな、うなだ遊ばばあの土手の中さはいってろ。まだ牧馬の馬二十匹ばかりはいるがらな。」 にいさんは向こうへ行こうとして、振り向いてまた言いました。「土手がら外さ出はるなよ。迷ってしまうづどあぶないがらな。午ま・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・大通りから一寸入った左側で、硝子が四枚入口に立っている仕舞屋であった。土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳が、陽子の借りようという座敷であった。「まだ新しいな」「へえ、昨年新築致しましたんで、一夏お貸ししただけでございます。手・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・で赤裸の心を出さにゃならぬワ、昨日今日知りあった仲ではないに……第一の精霊ほんとうにそうじゃ、春さきのあったかさに老いた心の中に一寸若い心が芽ぐむと思えば、白髪のそよぎと、かおのしわがすぐ枯らして仕舞うワ。ほんとに白状しよう、わきを向い・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 流石のお金も、びっくりして、物が入る入ると云いながら翌日病院に入れて仕舞った。 いよいよ手術を受ける時になって、病気について、何の智識もないお君は、非常に恐れて、熱はぐんぐん昇って行きながら、頭は妙にはっきりして、今までぼんやりし・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 二年後には、希臘古代の彫刻家を訳して仕舞えるだろうから、そして三年目には、又何か一寸した創作でもまとめて見たい気で居る。 斯うして、考えるので、私の先は非常に多忙な訳になる。 此頃は、幸健康も確らしくなって来て居るから又とない・・・ 宮本百合子 「偶感」
・・・この間或る婦人雑誌で、百貨店の婦人店員たちが仕舞の稽古をしている写真も見た。 詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえな・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ けれども、其なら彼はその耽美の塔に立て籠って、夕栄の雲のような夢幻に陶酔していると云うのだろうか、私は単純に、夢の宮殿を捧げて仕舞えない心持がする。夢で美を見るのと、醒めて美を見ると違うのに彼はおきているのだ。起きていて、心が彼方まで・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・』と思ったっていいかげんまで行けば立ち消えがして仕舞うし何かに刺撃されてもいいかげんまでほか行きませんからねえ。 すべてが小さくかたまって仕舞うんです。 自分でつとめても出来ませんよ、 極端に走る人がつとめていいかげんにする事は・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ その日の夜千世子は何となし後髪を引かれる様な気持になりながら或る芝居に行って仕舞った。 かなり前から見たいとは思って居たけれど行って見ればやっぱりしんから満足出来るものではなかった。 時々舞台からフーッとはなれた気持になって今・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫