・・・ただその声があまりに強く鋭く狭い会堂に響き渡って、われわれ日本人の頭にある葬式というものの概念に付随したしめやかな情調とはあまりにかけ離れたもののような気がしたのであった。 遺骸は町屋の火葬場で火葬に付して、その翌朝T老教授とN教授と自・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・このような人には時や空間はただ自分の周囲、たとえば方六尺の内に限られた、そして自分といっしょに付随して歩いて行くもののようにしか考えられぬのかもしれぬ。この人にとっては自分の触覚と肉感があらゆる実在で、自分の存在に無関係な外界の実在を仮定す・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・もしあなたがたのうちですでに自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、また他の後に従って、それで満足して、在来の古い道を進んで行く人も悪いとはけっして申しませんが、(自己に安心と自信がしっかり附随しかしもしそうでないとしたならば、どうし・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ある者はただ一人の、神のような恋人とそれに附随して居る火のような恋とばかりなのである。もし世の中に或る者が存して居るとすればその者が家であろうが木であろうが人であろうが皆この恋人のためにまたは我恋のために存して居らねばならぬ。しかるにその物・・・ 正岡子規 「恋」
・・・女にとって一番の困難は、いつとはなし女自身が、その女らしさという観念を何か自分の本態、あるいは本心に附随したもののように思いこんでいる点ではなかろうか。自身の人生での身ごなし、自身のこの社会での足どりに常に何か女らしさの感覚を自ら意識してそ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・阿蘭が農奴として育ち農婦として大地を愛して生きる強さ、農民的な粘着力、粗野な逞しい、謂わば必死な生活力をライナーの阿蘭は全面的に活かし得ているかどうかということについても、性格というものの解釈に附随するこの映画製作者関係者一同の或る心持が反・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・ 私は先ず、第一米国婦人評に必ず附随する彼女等の「自覚」と申す事に就て考えて見ようと存じます。 此の自覚と云う文字は、非常に広大な発展の基礎に成って居ると思います。人、及び女として自ら覚めた者こそ、始めて、彼女が人類の一員として奉仕・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・戦災という言葉は戦争によってひきおこされた輪の外での災難を意味してつかわれているようだけれども、そして、なにか附随的な現象であり、それは、のがれたものとのがれられなかったものとは本人たちの運、不運にかかわることのようにうけとられているが、そ・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・人間もからりと心地よく、深い好意を感じたが、思い出すと、微に喉の渇いたような、熔りつけられた感覚が附随して甦って来る。そこを立って来た夜半に、計らず聴いた雨の音故一きわすがすがしく、しめやかに感じたということもあろう。鳥栖で、午前六時、長崎・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・その事実に附随しておこって来る歴史的諸事実が、そもそもオオソドックスなものなのだと考えると思う。 文学における社会性、あるいは政治と文学の関係についてわたしたちは、まだ初歩的な経験しかしていない。その結果、今のところきわめて素朴にしか語・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
出典:青空文庫