・・・ 一枚、畚褌の上へ引張らせると、脊は高し、幅はあり、風采堂々たるものですから、まやかし病院の代診なぞには持って来いで、あちこち雇われもしたそうですが、脉を引く前に、顔の真中を見るのだから、身が持てないで、その目下の始末で。…… 変に・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・あとは散々である。代診を養子に取立ててあったのが、成上りのその肥満女と、家蔵を売って行方知れず、……下男下女、薬局の輩まで。勝手に掴み取りの、梟に枯葉で散り散りばらばら。……薬臭い寂しい邸は、冬の日売家の札が貼られた。寂とした暮方、……空地・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「代診では、いけませんか。」と、看護婦が、問いました。 彼女は、あれほど、迷った末に、ようやく決心をしてきたのを、いまさら代診にみてもらうまでもないと、いくぶん腹立たしくなりました。「叔母さん、私、また、くることにしますわ。」と・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・この老人と自分、外に村の者、町の者、出張所の代診、派出所の巡査など五六名の者は笊碁の仲間で、殊に自分と升屋とは暇さえあれば気永な勝負を争って楽んでいたのが、改築の騒から此方、外の者はともかく、自分は殆ど何より嗜好、唯一の道楽である碁すら打ち・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ と蜂谷に言われて、おげんは一寸会釈したが、田舎医者の代診には過ぎたほど眼付のすずしい若者が彼女の眼に映った。「好い男だわい」 それを思うと、おげんは大急ぎでその廊下を離れて、馳け込むように自分の部屋に戻った。彼女は堅く堅く障子・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ただ、楠さんの細君が亡くなり、次にひどく酒飲みになった楠さんも若死をしたこと、亀さんが医師の家に書生をしていて、後に東京へ出て来てどこかの医者の代診をしているという噂を聞いたように思うだけである。 幼時を追想する時には必ず想い出す重兵衛・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
父が開業をしていたので、花房医学士は卒業する少し前から、休課に父の許へ来ている間は、代診の真似事をしていた。 花房の父の診療所は大千住にあったが、小金井きみ子という女が「千住の家」というものを書いて、委しくこの家の事を・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫