・・・その無能力者を、刑法では、そう認めず、処罰にあたっては、忽ち同一の主婦が能力者として扱われるという矛盾は、残酷という以上ではないだろうか。日本の民法はしっかりと改正されなければならない。 内縁関係、未亡人の生きかたに絡む様々の苦しい絆は・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・弟どもも一人一人の知行は殖えながら、これまで千石以上の本家によって、大木の陰に立っているように思っていたのが、今は橡栗の背競べになって、ありがたいようで迷惑な思いをした。 政道は地道である限りは、咎めの帰するところを問うものはない。一旦・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ですからあなたの長所が平生の倍以上になったのがどんなにか嬉しゅうございましたでしょう。 男。なるほど。旨くたくらんだものですね。しかしやっぱり女の智慧です。 女。なぜでございますの。 男。でも手紙を一本落しなすったばかりで、せっ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ しかし、何といっても、作家も人間である以上は、一人で一切の生活を通過するということは不可能なことであるから、何事をも正確に生き生きと書き得られるということは所詮それは夢想に同じであるが、私たちにしても作者の顔や過去を知っているときは、・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・その眼の内には一撃に私を打ち砕き私を恥じさせるある物がありました、――私の欠点を最もよく知って、しかも私を自分以上に愛している彼女の眼には。 私はすぐ口をつぐみました。後悔がひどく心を噛み始めました。人を裁くものは自分も裁かれなければな・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫