・・・で、飯綱は仮名ちがいの擬字で、これがあるからの飯沙山である。そういうちょっと異なものがあったから、古く保食神即ち稲荷なども勧請してあったかも知れぬ。ところが荼吉尼法は著聞集に、知定院殿が大権坊という奇験の僧によりて修したところ、夢中に狐の生・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・俺は此処へ来てから、そのことを、小さい妹の仮名交りの、でかい揃わない字の手紙で読んだ。俺はそれを読んでから、長い間声をたてずに泣いていた。 俺には、身体の小さい母親が、ちょこなんと坐って、帯の間に手をさしはさんでいる姿が目に見える。それ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ある社で計画した今度の新しい叢書は著作者の顔触れも広く取り入れてあるもので、その中には私の先輩の名も見え、私の友だちの名も見えるが、菊版三段組み、六号活字、総振り仮名付きで、一冊三四百ぺージもあるものを思い切った安い定価で予約応募者にわかと・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・博士はマッチの火で、とろとろ辻占の紙を焙り、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、はじめは、なんだか模様のようで、心もとなく思われましたが、そのうちに、だんだん明確に、古風な字体の、ひら仮名が、ありありと紙に現われました。読んでみます。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・これは私の戸籍名なのであるが、下手に仮名を用いて、うっかり偶然、実在の人の名に似ていたりして、そのひとに迷惑をかけるのも心苦しいから、そのような誤解の起らぬよう、私の戸籍名を提供するのである。 津島の勤め先は、どこだっていい。所謂お役所・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・それが、どうしたのかひどく折れ曲って変態仮名の※の字のようになっているのがある。トラックでも衝突したかと思われる。鉄棒がこんな目に遭うくらいだから人間にとってはあまり安全な地帯でないのである。従ってこの曲った標柱は天然自然の滑稽であり皮肉で・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・何と読むのか、プログラムに仮名付けがないから分らない。説明書によるとこの曲はもと天竺の楽で、舞は本朝で作ったとのことである。蘇莫者の事は六波羅密経に詳しく書いてある。聖徳太子が四十三歳の時に信貴山で洞簫を吹いていたら、山神が感に堪えなくなっ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・一国の伝統にして戦争によって終局を告げたものも、仮名づかいの変化の如きを初めとして、その例を挙げたら二、三に止まらぬであろう。昭和廿二年二月 ○ 市川の町を歩いている時、わたくしは折々四、五十年前、電車も自・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・稽古本で見馴れた仮名より外には何にも読めない明盲目である。この社会の人の持っている諸有る迷信と僻見と虚偽と不健康とを一つ残らず遺伝的に譲り受けている。お召の縞柄を論ずるには委しいけれど、電車に乗って新しい都会を一人歩きする事なぞは今だに出来・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ことに字違いや仮名違いが目についた。それから感情の現わし方がいかにも露骨でありながら一種の型にはいっているという意味で誠がかえって出ていないようにもみえた。最も恐るべくへたな恋の都々一なども遠慮なく引用してあった。すべてを総合して、書き手の・・・ 夏目漱石 「手紙」
出典:青空文庫