・・・因果の法則などと云うものは全くからのもので、やはり便宜上の仮定に過ぎません。これを知らないで天地の大法に支配せられて……などと云ってすましているのは、自分で張子の虎を造ってその前で慄えているようなものであります。いわゆる因果法と云うものはた・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・丁度あなた方のような若い人が、偉い人と思って敬意を持っている人の前に出ると、自分もその人のようになりたいと思う――かどうか知らんが、もしそう思うと仮定すれば、先輩が今まで踏んで来た径路を自分も一通り遣らなければ茲処に達せられないような気がす・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 私がなぜそんな仮定をするかというと、この私は現に昔しこの学習院の教師になろうとした事があるのです。もっとも自分で運動した訳でもないのですが、この学校にいた知人が私を推薦してくれたのです。その時分の私は卒業する間際まで何をして衣食の道を・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 例えば、或る小説家は極端な人情本を書く事に衆を抜ん出て居たと仮定する。 而してその人は、その事に他の及ばない自己を持って居たものとする。 その人の著したもののために、世の多くの人の心が害されたと云う事が起れば、それは、自己完成・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・今日、食糧事情はそこまで逼迫しているという人もあろうが、難破して漂流している孤舟の中に生じた事件と仮定してさえも、私ども正常の人間性はその残酷さを許し得ないのである。ましてやこの事件は、単純きわまる残忍さが徹底している点で言語道断な特殊な一・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・ここに或る一人の女性を仮定しよう。先ず彼女は、若々しい希望に満ちた大望から、自分のよしと思う運命の方向に自分を拡大しようと決心して、人生の中に足を踏み入れる。種々雑多な苦痛や喜悦や、恍惚が、彼女の囲りを取囲むだろう。その中に、何か一つの重大・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ コフマンの仮定をうけ入れるとして、人類の遠い遠い祖先の女が針らしきものを社会生活にもちこんで以来、今日まで、女性のよりよく生きたいという希望は社会の発展とともにあらゆる面で複雑になり高度にもなって来ている。 幾世代の歴史の間で、人・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・先ず、私が良人を失ったと仮定します。自分は非常に、非常に彼を愛していました。死後も同様な、絶間ない愛を抱いているのです。ところが、生活慾の熾な、刻々と転進して行く生は、私を徒にいつまでも涙のうちに垂込めては置きますまい。激しい彼への思慕を持・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・又、日本の現実の中で日本の人間が動いている小説を、外国小説ならばという仮定で云えないことも自明であるから、武田氏が云いたかったところは、自身書かれた文章のそういう矛盾のうちにふくまれている、日本の小説の性格形成の過程は西洋の小説とちがうとい・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・もしも黙示の彼らが、かかる現前の諸相であると仮定したなら、彼らの中の勝者はいずれであるか。曾て敗北せる者は貧であった。女性であった。今やその隠忍から擡頭せるものは彼らである。勝利の盃盤は特権の簒奪者たる富と男子の掌中から傾いた。しかし吾々は・・・ 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫