・・・ といい方が仰山なのに、こっちもつい釣込まれて、「どこにも香水なんぞありはしないよ。」「じゃ、あの床の間の花かしら、」 と一際首を突込みながら、「花といえば、あなたおあい遊ばすのでございましょうね、お通し申しましてもいい・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 蛙の声がますます高くなる、これはまた仰山な、何百、どうして幾千と居て鳴いてるので、幾千の蛙が一ツ一ツ眼があって、口があって、足があって、身体があって、水ン中に居て、そして声を出すのだ。一ツ一ツ、トわなないた。寒くなった。風が少し出て、・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・ と微酔の目元を花やかに莞爾すると、「あら、お嬢様。」「可厭ですよ。」 と仰山に二人が怯えた。女弟子の驚いたのなぞは構わないが、読者を怯しては不可い。滝壷へ投沈めた同じ白金の釵が、その日のうちに再び紫玉の黒髪に戻った仔細を言・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・いささか仰山だが、不思議の縁というのはこれで――急に奈良井へ泊まってみたくなったのである。 日あしも木曾の山の端に傾いた。宿には一時雨さっとかかった。 雨ぐらいの用意はしている。駅前の俥は便らないで、洋傘で寂しく凌いで、鴨居の暗い檐・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・殊に欧風の晩食を重ずることは深き意味を有するらしい、日中は男女老幼各其為すべき事を為し、一日の終結として用意ある晩食が行われる、それぞれ身分相当なる用意があるであろう、日常のことだけに仰山に失するような事もなかろう、一家必ず服を整え心を改め・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
震火で灰となった記念物の中に史蹟というのは仰山だが、焼けてしまって惜まれる小さな遺跡や建物がある。淡島寒月の向島の旧庵の如きその一つである。今ではその跡にバラック住いをして旧廬の再興を志ざしているが、再興されても先代の椿岳の手沢の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・銭が仰山あるせになんぼでも入れたらえいわいな。ひゝゝゝ。」と、他の内儀達に皮肉られた。 二 おきのは、自分から、子供を受験にやったとは、一と言も喋らなかった。併し、息子の出発した翌日、既に、道辻で出会った村の人々はみ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・「この二反も、一と口ことわっとかにゃ悪いと思うて、待ちよったけれど、客が仰山居って旦那も番頭も私なんどにゃ見向いても呉れんせに、黙って借って来たん……。」彼女は弁解するようにつゞけた。「それでどうするんだ?」「……」「向うに・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 密偵は、日本軍にこびるために、故意に事実を曲げて仰山に報告したことがあった。が、パルチザンの正体と居所を突きとめることに苦しんでいる司令部員は、密偵の予想通り、この針小棒大な報告を喜んだ。彼等は、パルチザンには、手が三本ついているよう・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・「たったそればやこし……こんなに仰山あるのに、またあいらが戻ったら笑うがの。」「そんなら誰れぞにやれイ。」「やる云うたって、誰れっちゃ知った者はないし、……これがうちじゃったら近所や、イッケシの子供にやるんじゃがのう。」 ば・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫