・・・私はいつもながらの自分の任意な空想に欺されたのだと思って可笑しくもあった。しかしそれにしてもこのボーイの外貌について、一つ著しい変化の起っているのを見逃す事は出来なかった。それは、地震前には漆のように黒かった髪の毛が、急に胡麻塩になって、し・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・星座の連結法はむしろ任意的だが顔の場合にはそれが必然的ですべての人間に共通であるとすればこれも一つの不思議な問題になる。 いろいろの「学」と名のつく学問、ことに精神的方面に関したもので、事物の真を探究するとは言うものの、よく考えてみると・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・しかしこれはまた、木曜が三度来る確率とも同じであり、また任意の他の組み合わせたとえば、「木金土」、「月水金」……となるのとも同じである。しかしもしこれがたとえば木金土という組み合わせで起こったとしたら、だれも不思議ともなんとも思わないであろ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ すべての破片がことごとく揃ってそれが完全に接合される日がいつかは有限な未来に来るであろうと信ずるか、あるいはそれには無限大の時間を要すると思うかは任意である。しかしどちらを信ずるかでその科学者の科学観はだいぶちがう。孔子と老子のちがい・・・ 寺田寅彦 「スパーク」
・・・これならば任意に長い記録を作る事も理論上可能なわけであるが、なんと言っても電気装置などを使わずに弾条と歯車だけで働くグラモフォンの軽便なのには及ばないわけである。 私の和製の蓄音機は二年ぐらい使った後に歯車の故障が起こって使用に堪えない・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 今、かりに地形図の中の任意の一寸角をとって、その中に盛り込まれただけのあらゆる知識をわれらの「日本語」に翻訳しなければならないとなったらそれはたいへんである。等高線ただ一本の曲折だけでもそれを筆に尽くすことはほとんど不可能であろう。そ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・もしこの規定が完全に実行されれば、その線路の上の任意の一点を電車が相次いで通過する時間間隔は、やはりどれも同一でなければならない。しかるに実際上は、避くべからざる雑多の複雑な偶然的原因のために、この一定であるべき間隔に少しずつの異同を生じ、・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ただ少なくも動物学上から見て同種な Homo Sapiens としての人間の世界の一部において任意の時代に発生した文化の産物のすべてのものが、時とともに拡散して行くのは、ちょうど水の中にたらした一滴のアルコホルの拡散して行く過程と、どこか類・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・数学のように最初全く任意に一つの概念を与えあとは解析ばかりでその内容を展開するのと、物理学で自己以外の実在として与えられた外界の現象を系統立てるのとはよほど趣がちがわなければなるまい。たとえば一つの自動車を作ってその機械の自己の作用で向かう・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・ 目はまぶたによって任意に開閉され、また頭を動かすことなしにある程度までは自由に左右上下に動かされる。しかし耳は耳だけではそういう自由をもたない。この事実にもいろいろな意味があるが、主要な目的論的意義はやはり光と音との本質的差異と連関し・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
出典:青空文庫