・・・定正がアッチへ逃げたりコッチへ逃げたりするのも曹操が周瑜に追われては孔明の智なきを笑うたびに伏兵が起る如き巧妙な作才が無い。軍記物語の作者としての馬琴は到底『三国志』の著者の沓の紐を解くの力もない。とはいうものの『八犬伝』の舞台をして規模雄・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・読んで行く一行一行に、あらゆる暗示が伏兵のように隠れていて、それが読むに従って、飛び出して襲いかかるのであった。それらの暗示のどれでも追求して行くとほとんど無限な思索の連鎖をたぐり寄せる事ができた。そしてそれらの考えがほとんど天啓ででもある・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・それで扇の動き方でその日の暑さを知ったというのは、雁行の乱るるを見て伏兵を知った名将と同等以上であるのかもしれない。しかしおそらくこれはすべての役者に昔からよく知られたきわめて平凡な事実であるかもしれない。そうだとしてそれを今頃気が付いたと・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・夕食のあとなどには庭のあちらこちらに伏兵のようにかくれていて、うっかり出て来る子猫を追い回してつかまえようとしていたが、もうおとなにでもつかまりそうでなかった。あまりに募る迫害に恐れたのか、それともまた子猫がもう一人前になったのか、縁の下の・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫