・・・「ですからどうにかして気の休まるようにしてあげて下さいな。心配をかけるのは、新さんあなたが、悪いんですよ。」「え。」「あのね、始終そういっていらっしゃるの。(私が居る内は可ッて。」「何を僕が。」 予は顔の色かわらずやと危・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ 罪に触れた者が捕縛を恐れて逃げ隠れしてる内は、一刻も精神の休まる時が無く、夜も安くは眠られないが、いよいよ捕えられて獄中の人となってしまえば、気も安く心も暢びて、愉快に熟睡されると聞くが、自分の今夜の状態はそれに等しいのであるが、将来・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・その翌くる日に僕は十分母の精神の休まる様に自分の心持を話して、決然学校へ出た。 * * * 民子は余儀なき結婚をして遂に世を去り、僕は余儀なき結婚をして長らえている。民子は僕の写真と僕の手紙と・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・から、実入りは悪くもないんですが、あッちこッちへ駆けまわって買い込んだ物を注文主へつれて行くと、あれは善くないから取りかえてくれろの、これは悪くもないがもッと安くしてくれろのと、間に立つものは毎日気の休まる時がございません。それが田舎行きと・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・私は体の休まるとともに、万感胸に迫って、涙は意気地なく頬を湿らした。そういう中にも、私の胸を突いたのは今夜の旅籠代である。私もじつは前後の考えなしにここへ飛びこんだものの、明朝になればさっそく払いに困らねばならぬ。この地へ着くまでに身辺のも・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ しかしこう事実がわかってみると、堅吉の頭は休まる代わりにかえってまた忙しくならなければならなかった。 第一には手跡の問題であった。小包のあて名の字は甥らしかった。それがどうしてK市の姉の手紙のあて名に似ているかが不思議であった。も・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・「こんなにして、昼間、しずかに臥ていらっしゃると、しんから休まるでしょう?」「たしかに、そういうところはあるね」「世話するものがついていて、すこし工合をわるくして臥ているというようなきもちなんか、あなたとしてこんどがはじめてなの・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・「いや、もう黙っているがいい、俺はここについていてやるから、眼だけでも瞑っていれば休まるだろう。」「じゃ、あたし、暫く眠ってみるわ。あなた、そこにいて頂戴。」「うむ。」と彼はいった。 妻が眼を閉じると、彼は明りを消して窓を開・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・「おれのう、頭の休まる法はないものかと、いつも考えていたときですが、高田さんの俳句をある雑誌で見つけて、さっそく入門したのです。もう僕を助けてくれているのは、俳句だけです。他のことは、何をしても苦しめるばかりですね。もう、ほッとして。」・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫