・・・輝き渡るとは何も作家の名前が伝わるとか、世間からわいわい騒がれると云う意味で云うのではありません。作家の偉大なる人格が、読者、観者もしくは聴者の心に浸み渡って、その血となり肉となって彼らの子々孫々まで伝わると云う意味であります。文芸に従事す・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・見る間に次へ次へと波動が伝わる様にもある。動く度に舌の摩れ合う音でもあろう微かな声が出る。微かではあるが只一つの声ではない、漸く鼓膜に響く位の静かな音のうちに――無数の音が交っている。耳に落つる一の音が聴けば聴く程多くの音がかたまって出来上・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・しかしてこの談一たび世に伝わるや、俳人としての蕪村は多少の名誉をもって迎えられ、余らまた蕪村派と目せらるるに至れり。今は俳名再び画名を圧せんとす。 かくして百年以後にはじめて名を得たる蕪村はその俳句において全く誤認せられたり。多くの人は・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・この掌に伝わる頼もしい震動はどうだ。ふむ。感じの鋭い空気奴、もう南風神に告げたと見える、雲が乱れる。熱気が立ち昇る。ミーダほうれ!よしよし。この動物の血で塗りかためた、貴様等同族の髪毛の鞭が一ふり毎に億の呪いをふり出すか、兆の狂暴を吐出・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・静かに絶間なく幸雄を待っている母親の心が石川に伝わるようであった。 病人は足掛四年目になって戻って来た。 住宅地には生垣が多い。山茶花を垣にしたところもある。栗の葉が濃く色づいて広い初冬の青空の下に益々乾いて行く。低いところ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・田舎の家で、雑音だらけのラジオながら、熱心に九時のニュースをきき、世界の動きが身に伝わる感じでいたら、それにつづいて、局からのお知らせを申上げます、と全波聴取のことが告げられた。 日本のラジオが、今日まで国内放送しか聴かれず、全波は禁止・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
出典:青空文庫