・・・近代になって、これが各種の伝染病菌の運搬者、播布者として、その悪名を宣伝されるようになり、その結果がいわゆる「蠅取りデー」の出現を見るにいたったわけである。著名の学者の筆になる「蠅を憎むの辞」が現代的科学的修辞に飾られて、しばしばジャーナリ・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・この歌が街頭へ飛び出して自動車のおやじから乗客の作曲家に伝染し、この男が汽車へ乗ったおかげで同乗の兵隊に乗り移る。兵隊が行軍している途中からこの歌の魂がピーターパンの幽霊のような姿に移って横にけし飛んだと思うと、やがて流浪の民の夜営のたき火・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・これでは犠牲者は全く浮かばれない。伝染病患者を内証にしておけば患者がふえる。あれと似たようなものであろう。 こうは言うもののまたよくよく考えて見ていると災難の原因を徹底的に調べてその真相を明らかにして、それを一般に知らせさえすれば、それ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・先生自身が自然探究に対する熱愛をもっていれば、それは自然に生徒に伝染しないはずはない。実例の力はあらゆる言詞より強いからである。 すべての小学校、中学校の先生が皆立派な科学者でなければならないという事を望むのは無理である。実行不可能であ・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・しかしわたくしが西瓜や真桑瓜を食うことを禁じられていたのは、恐るべき伝染病のためばかりではない。わたくしの家では瓜類の中で、かの二種を下賤な食物としてこれを禁じていたのである。魚類では鯖、青刀魚、鰯の如き青ざかな、菓子のたぐいでは殊に心太を・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・がよく後指さして厭がる醜い傴僂や疥癬掻や、その手の真黒な事から足や身体中はさぞかしと推量されるように諸有る汚い人間、または面と向うと蒜や汗の鼻持ちならぬ悪臭を吹きかける人たちの事を想像するし、不具者や伝染病や病人の寝汗や、人間の身体の汚いと・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・自分ながらこの時は相手の寒い顔が伝染しているに相違ないと思った。咄嗟の間に死んだ女の所天の事が聞いて見たくなる。「それでその所天の方は無事なのかね」「所天は黒木軍についているんだが、この方はまあ幸に怪我もしないようだ」「細君が死・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・僕が看病をして、僕が伝染して、本人の君は助けるようにしてやるよ」「そうか、それじゃ安心だ。まあ、少々あるくかな」「そら、天気もだいぶよくなって来たよ。やっぱり天祐があるんだよ」「ありがたい仕合せだ。あるく事はあるくが、今夜は御馳・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・において一致するならば、一歩進んで全然その作物の奥より閃めき出ずる真と善と美と壮に合して、未来の生活上に消えがたき痕跡を残すならば、なお進んで還元的感化の妙境に達し得るならば、文芸家の精神気魄は無形の伝染により、社会の大意識に影響するが故に・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・正岡さんは肺病だそうだから伝染するといけないおよしなさいと頻りにいう。僕も多少気味が悪かった。けれども断わらんでもいいと、かまわずに置く。僕は二階に居る、大将は下に居る。其うち松山中の俳句を遣る門下生が集まって来る。僕が学校から帰って見ると・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
出典:青空文庫