・・・あの日、伯母様の家の一間で、あの人と会った時に、私はたった一目見たばかりで、あの人の心に映っている私の醜さを知ってしまった。あの人は何事もないような顔をして、いろいろ私を唆かすような、やさしい語をかけてくれる。が、一度自分の醜さを知った女の・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ 翌朝自分の眼をさました時、伯母はもう次の間に自分の蚊帳を畳んでいた。それが蚊帳の環を鳴らしながら、「多加ちゃんが」何とか云ったらしかった。まだ頭のぼんやりしていた自分は「多加志が?」と好い加減に問い返した。「多加ちゃんが悪いんだよ。入・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・「きのう伯母さんやおばあさんとみんな鵠沼へやりました。」「おじいさんは?」「おじいさんは銀行へいらしったんでしょう。」「じゃ誰もいないのかい?」「ええ、あたしと静やだけ。」 妻は下を向いたまま、竹の皮に針を透していた・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・御屋形や鹿ヶ谷の御山荘も、平家の侍に奪われた事、北の方は去年の冬、御隠れになってしまった事、若君も重い疱瘡のために、その跡を御追いなすった事、今ではあなたの御家族の中でも、たった一人姫君だけが、奈良の伯母御前の御住居に、人目を忍んでいらっし・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 父は勿論、母や伯母も一時にどっと笑い出した。が、必ずしもその笑いは機智に富んだ彼の答を了解したためばかりでもないようである。この疑問は彼の自尊心に多少の不快を感じさせた。けれども父を笑わせたのはとにかく大手柄には違いない。かつまた家中・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・僕は熱もあったから、床の中に横たわったまま、伯母の髪を結うのを眺めていた。そのうちにいつかひきつけたとみえ、寂しい海辺を歩いていた。そのまた海辺には人間よりも化け物に近い女が一人、腰巻き一つになったなり、身投げをするために合掌していた。それ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・は庭を歩きながら、座敷にいる伯母に声をかけた。「伯母さん、これは何と云う樹?」「どの樹?」「この莟のある樹。」 僕の母の実家の庭には背の低い木瓜の樹が一株、古井戸へ枝を垂らしていた。髪をお下げにした「初ちゃん」は恐らくは大き・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・「余りそうでもありません。しかしまあ、お庇様、どうにか蚊帳もありますから。」「ほんとに、どんなに辛かったろう、謹さん、貴下。」と優しい顔。「何、私より阿母ですよ。」「伯母さんにも聞きました。伯母さんはまた自分の身がかせになっ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・郷里の伯母などに催促され、またこの三周忌さえすましておくと当分厄介はないと思い、勇気を出して帰ることにしたのだが、そんな場合のことでいっそう新聞のことが業腹でならなかった。そんなことで、自分はその日酒を飲んではいたが、いくらかヤケくそな気持・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・今年の春伯母といっしょにはるばるとやってきて一泊して行った義母は、夏には両眼失明の上に惨めな死方をした。もう一人の従弟のT君はこの春突然やってきて二晩泊って行ったが、つい二三日前北海道のある市の未決監から封緘葉書のたよりをよこした。 ―・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫