・・・文造は此の気象の激変に伴う現象を怖れた。彼は番小屋へ駆け込んで太十を喚んだ。太十は死んだようになって居る。「北の方はひでえケイマクだ。おっつあん遁げたらよかねえか」「うるせえな」 太十は僅にこういった。彼は精神の疲労から迚ても動・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・少なくとも瀟洒とか風流とかいう念と伴う。しかしカーライルの庵はそんな脂っこい華奢なものではない。往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・カントの自覚的自己は、デカルトのそれの如く、それ自身によってある実体ではないが、私が考えるということは、私のすべての表象に伴うという。我々の判断的知識は、その綜合統一によって成立するのである。主語となって述語とならない基体が、逆に述語的に主・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・若し万一も例外の事実ありとすれば、自から之に伴う例外の原因なきを得ず。人に教うるに常情以外の難きを以てす、教育家の事に非ざるなり。元来尊敬は外にして親愛は内なり。内に親愛の至情なきも外面に尊敬の礼を表することは易きが故に、舅姑に対して朝夕の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・何故というに、第一自分には日本の文章がよく書けない、日本の文章よりはロシアの文章の方がよく分るような気がする位で、即ち原文を味い得る力はあるが、これをリプロヂュースする力が伴うておらないのだ。 で、外に翻訳の方法はないものかと種々研究し・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・あのマドレエヌに逢ってみたらイソダンで感じたように楽しい疑懼に伴う熱烈な欲望が今一度味われはすまいか。本当にあのマドレエヌが昔のままで少しも変らずにいてくれればいい。しかし自分はどうだろうか。なに、それは別に心配しなくてもいい。もちろん髪の・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・曰く其角を尋ね嵐雪を訪い素堂を倡い鬼貫に伴う、日々この四老に会してわずかに市城名利の域を離れ林園に遊び山水にうたげし酒を酌みて談笑し句を得ることはもっぱら不用意を貴ぶ、かくのごとくすること日々ある日また四老に会す、幽賞雅懐はじめのご・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 成功し業蹟をたてた人の真の価値は寧世間にその価値が認められてから後、その人がどんな態度で周囲から与えられる尊敬や名誉やそれに伴う世間的な利益に処して行くかというところにこそ、人間としての評価の眼が向けられるべきではないでしょうか。キュ・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・そしてそう思うのが、別に絶望のような苦しい感じを伴うわけでもないのである。 ある時は空想がいよいよ放縦になって、戦争なんぞの夢も見る。喇叭は進撃の譜を奏する。高くげた旗を望んで駈歩をするのは、さぞ爽快だろうと思って見る。木村は病気という・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・それをどう言い現わしたらいいか、ちょっと困るが、実際に響きそのものが相当に違っているばかりでなく、それを聞いたときに湧然と起こってくる気分、それに伴う連想などが、全部違っているのである。 響きそのものが違うのは、その響きを立てる松の姿と・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫