・・・鼎に似ない。鼎に似ると、烹るも烙くも、いずれ繊楚い人のために見る目も忍びないであろう処を、あたかも好、玉を捧ぐる白珊瑚の滑かなる枝に見えた。「かえりに、ゆっくり拝見しよう。」 その母親の展墓である。自分からは急がすのをためらった案内・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・まかり間違うと、鼻持ちならぬキザな虚栄の詠歎に似るおそれもあり、または、呆れるばかりに図々しい面の皮千枚張りの詭弁、または、淫祠邪教のお筆先、または、ほら吹き山師の救国政治談にさえ堕する危険無しとしない。 それらの不潔な虱と、私の胸の奥・・・ 太宰治 「父」
・・・似顔漫画が写真よりもいっそうよくその人に似るというのと同様に、対象の特徴の或る少数なる要素を抽出し誇張して、それをモンタージュ的に構成することによって、実物よりもいっそう実在的なものを創造するのである。近ごろ見た漫画の中に登場した一匹の犬な・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・マレイ語から語頭のLを除くと日本語に似るものの多い事はすでに先覚者も注意した事である。その他にも頭の子音を除いてアソ型になるもの Kasa, Daisen, Tyausu, Nasu があることに注意したい。しかし私はこのようなわずかの材料・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・その形に似るをよしとす。法手本とするところは。すなわちその物なりと心得たる者も無きにもあらず。……」(司馬江漢、『春波楼筆記 科学界にも京人と奥州人がある。ロマンチシズムとクラシシズムの両極の間に世界が回転する。 五・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・漫画が実物と似ない点において正に実物自身よりも実物に似るというパラドクシカルな言明はそのままに科学上の知識に適用する事が出来る。 ただ科学は主として物質界の現象に関係しているために、換言すれば人間の能知と切り離された所知者自身の間の交渉・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・と云う時、今日の知識人はバルザックが自然科学をよりどころとして却ってプラトーの奴隷搾取者としての社会観に似るところまで反動的に引戻ったことを直ちに理解する。然し、現代の高度な資本主義の社会観の発展と地球六分の一をしめる社会主義体制との摩擦は・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・この地獄に似る混沌海の波を縫うて走る一道の光明は「道徳」である。吾人はここにおいて現代の道徳に眼を向ける。三 現代の因襲的道徳と機械的教育は吾人の人格に型を強いるものである。「人」として何らの霊的自覚なく、命ぜらるるがままに・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫