・・・お蓮さんに丸髷が似合うようになると、もう一度また昔のなりに、返らせて見たい気もしやしないか?」「返らせたかった所が、仕方がないじゃないか?」「ないがさ、――ないと云えば昔の着物は、一つもこっちへは持って来なかったかい?」「着物ど・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・……それは容子が何とも言えない、よく似合う。よ。頼むから。」 と、かさに掛って、勢よくは言いながら、胸が迫って声が途切れた。「後生だから。」「はい、……あの、こうでございますか。」「上手だ。自分でも髪を結えるね。ああ、よく似・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・緋も紅も似合うものを、浅葱だの、白の手絡だの、いつも淡泊した円髷で、年紀は三十を一つ出た。が、二十四五の上には見えない。一度五月の節句に、催しの仮装の時、水髪の芸子島田に、青い新藁で、五尺の菖蒲の裳を曳いた姿を見たものがある、と聞く。……貴・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ けれども、脊恰好から、形容、生際の少し乱れた処、色白な容色よしで、浅葱の手柄が、いかにも似合う細君だが、この女もまた不思議に浅葱の手柄で。鬢の色っぽい処から……それそれ、少し仰向いている顔つき。他人が、ちょっと眉を顰める工合を、その細・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・私は尼になった気で、(風呂敷を髪に姉円髷に結って見せたかったけれど、いっそこの方が似合うでしょう。早瀬 (そのかぶりものを、引手繰さあ、一所に帰ろう。お蔦 あの……今夜は内へ帰っても可いの。早瀬 よく、肯分けた、お蔦、それじゃ、・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・この服装が一番似合うと大に得意になって写真まで撮った。服部長八の漆喰細工の肖像館という見世物に陳列された椿岳の浮雕塑像はこの写真から取ったのであった。 椿岳は着物ばかりでなく、そこらで売ってる仕入物が何でも嫌いで皆手細工であった。紙入や・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・公園のベンチの上で浮浪者にまじって野宿していても案外似合うのだ。 そんな彼が戎橋を渡って、心斎橋筋を真直ぐ北へ、三ツ寺筋の角まで来ると、そわそわと西へ折れて、すぐ掛りにある「カスタニエン」という喫茶店へはいって行ったから、驚かざるを得な・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・バーテンというよりは料理場といった方が似合うところで、柳吉はなまこの酢の物など附出しの小鉢物を作り、蝶子はしきりに茶屋風の愛嬌を振りまいた。すべてこのように日本趣味で、それがかえって面白いと客種も良く、コーヒーだけの客など居辛かった。 ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 好男子で、スンなりとのびた白い手に指環のよく似合う予審判事がそう云って、ベルを押した。ドアーの入口で待っていた特高が、直ぐしゃちこばった恰好で入ってきた。判事の云う一言々々に句読点でも打ってゆくように、ハ、ハア、ハッ、と云って、その度・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・と相川は笑いながら、「むう、仲々好く似合う」「青木君は――」と布施は引取って、「洋服を着たら若くなったという評判です」「どうも到る処でひやかされるなあ」と青木は五分刈の頭を撫でた。「時に、会の方はどう定りました」と相川は尋ねた。・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫