・・・これはことしのお正月にK君と二人で、共に紋服を着て、井伏さんのお留守宅へ御年始にあがって、ちょうどI君も国民服を着て御年始に来ていましたが、その時、I君が私たち二人を庭先に立たせて撮影した物です。似合いませんね。へんですね。K君はともかく、・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・それに、ごらんのとおりの、おたふくで、いい加減おばあさんですし、こちらこそ、なんのいいところも無い。似合いの夫婦かも知れない。どうせ、私は不仕合せなのだ。断って、亡父の恩人と気まずくなるよりはと、だんだん気持が傾いて、それにお恥ずかしいこと・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・とかいた、あたりには不似合な、大きな看板のあるところへでた。「おう、青井」 むこうから、三吉をよぶ声がして、つづけてわらい声がいった。「どうだったい、きょうは?」 路地にひらいた三尺縁で、長野と深水が焼酎をのんでいた。長野は・・・ 徳永直 「白い道」
・・・心理学者にも似合しからぬ事だ。「しかしそれだけじゃないのだからな。精細なる会計報告が済むと、今度は翌日の御菜について綿密な指揮を仰ぐのだから弱る」「見計らって調理えろと云えば好いじゃないか」「ところが当人見計らうだけに、御菜に関・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・智者の所業にははなはだもって不似合なり。いわゆる智者にして愚を働くものというべし。 ひっきょう、この水掛論は、元素の異同より生じたるものに非ず。その原因は、近く地位の異同より心情の偏重を生ずるによりて来りしものなれども、今日の有様にては・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ たとえば日本士族の帯刀はおのずからその士人の心を殺伐に導き、かつまた、その外面も文明の体裁に不似合なればとて、廃刀の命を下したるが如く、政治上に断行して一時に人心を左右するは劇薬を用いて救急の療法を施すものに等しく、はなはだ至当なりと・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・花柳の美、愛すべし、糟糠の老大、厭うに堪えたりといえども、糟糠の妻を堂より下すは、我が金玉の身に不似合なり。長兄愚にして、我れ富貴なりといえども、弟にして兄を凌辱するは、我が金玉の身によくすべからず。ここに節を屈して権勢に走れば名利を得べし・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 古来の習慣に従えば、凡そこの種の人は遁世出家して死者の菩提を弔うの例もあれども、今の世間の風潮にて出家落飾も不似合とならば、ただその身を社会の暗処に隠してその生活を質素にし、一切万事控目にして世間の耳目に触れざるの覚悟こそ本意なれ。・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・なんだか、そんな、こじつけみたいな、あてこすりみたいな、芝居のせりふのようなものは、一向あなたに似合いませんよ。」ところがラクシャン第一子は案外に怒り出しもしなかった。きらきら光って大声で笑って笑って笑ってしまった。その・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫