・・・しかし、余程の低劣な作家にあらざる限り、これ等の事実を提供して、読者に媚びようとする者は恐らくあるまい。社会の一般は、常に、享楽を要求しつゝあるからという理由で、それと妥協せんとする者はあるまい。そして、ブルジョア作家は、なおこれ等の事実か・・・ 小川未明 「何を作品に求むべきか」
・・・ ああ、どのようなロマンスにも、神を恐れぬ低劣の結末が、宿命的に要求される。悪かしこい読者は、はじめ五、六行読んで、そっと、結末の一行を覗き読みして、ああ、まずいまずいと大あくび。よろしい、それでは一つ、しんじつ未曾有、雲散霧消の結末つくっ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・あなたは、結局、低劣になったのだぞ。ずるいのだぞ。そんな風の囁きが、ひそひそ耳に忍びこんで来て、笠井さんは、ぎゅっとまじめになってしまった。芸術の尊厳、自我への忠誠、そのような言葉の苛烈が、少しずつ、少しずつ思い出されて、これは一体、どうし・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・三田派の或評論家が言った如く、その趣味は俗悪、その人品は低劣なる一介の無頼漢に過ぎない。それ故、知識階級の夫人や娘の顔よりも、この窓の女の顔の方が、両者を比較したなら、わたくしにはむしろ厭うべき感情を起させないという事ができるであろう。・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・、金に困った現代の女学生が思いついたのは何であったかという事である、親の金をもち出そうとしないで、重役に私を買えと書いたところに、通俗小説の卑俗な影響とその如き通俗小説がよって立っている現代社会生活の低劣で腐敗した面がまざまざと反映している・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 日本の新しい歴史教科書『国のあゆみ』がその精神において低劣なのは、あの本のどこにも日本人民のエネルギーの消長が語られていず、まるで秋雨のあと林にきのこが生える、というように日本の社会的推移をのべている点である。毛穴のない人工皮膚のよう・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・ ロンブロゾーは、警察官の先入観念に一つの犯罪型という骨相上の分類を加えてやったが、失業と夫婦生活の破壊との生々しい関係、失業と売笑との直接な関係、大多数者の慰安ない生活と低劣なままに繋ぎとめられている文化水準とアルコール中毒との具体的・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ バルザックが、彼の作品でとりあげたのは正にそのロマンチストたちにとって俗悪・低劣とされたところの金銭及び金銭に絡む大小俗人の、こまごまとして塵のひどい日々夜々、そのベッドにまで這い上って来る悲喜劇であった。ロマンチスト達が自らを高く持・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
女のひとというものは道理がわからないものだ、そう思われるのが常識であった時代はすぎた。夏目漱石が「吾輩は猫である」のなかで、婦人の精神の低劣さを諷刺した文章は、今日、もう日本の女性のおろかしさを語るものではなくなった。却っ・・・ 宮本百合子 「未来を築く力」
・・・彼の製作の趣味が低劣だという批評は倫理的立場からくるのであって彼の態度の不純によるのではない。それに比べると趣味が上品できれいだとせられるIの製作は態度の不純のためにたまらなく愚劣に感じられる。彼は内心に喜んでいながら恥じたらしく装う。歓喜・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫