ある冬の夜、私は旧友の村上と一しょに、銀座通りを歩いていた。「この間千枝子から手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」 村上はふと思い出したように、今は佐世保に住んでいる妹の消息を話題にした。「千枝子さ・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・藤さんの家は今佐世保にあるのだそうで、お父さんは大佐だそうである。「それでは佐世保からはるばる来たんですか」「いいえ、あの娘だけは二た月ばかり前から、この対岸にいるんです。あなたでも同じですけれど、こんなになると、情合はまったく本当・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 熊本高等学校に入学した年の冬の休みに長崎から佐世保へかけての見学をした。熊本から百貫まで歩いて夜船で長崎へ渡りそこで島原の方から来る友人四、五名と落ち合ったのである。なにしろ三十年も昔のことで大概のことは忘れてしまっているうちにわずか・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
出典:青空文庫