・・・この物理の教官室は二階の隅に当っているため、体操器械のあるグラウンドや、グラウンドの向うの並松や、そのまた向うの赤煉瓦の建物を一目に見渡すのも容易だった。海も――海は建物と建物との間に薄暗い波を煙らせていた。「その代りに文学者は上ったり・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・ 四三 発火演習 僕らの中学は秋になると、発火演習を行なったばかりか、東京のある聯隊の機動演習にも参加したものである。体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・自分たち五六人は、機械体操場の砂だまりに集まって、ヘルの制服の背を暖い冬の日向に曝しながら、遠からず来るべき学年試験の噂などを、口まめにしゃべり交していた。すると今まで生徒と一しょに鉄棒へぶら下っていた、体量十八貫と云う丹波先生が、「一二、・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ また、弱虫の正坊が、足を傷めて、体操を休んだときであります。「さあ、この日蔭に入って、おとなしくしていな。じきに、そればかしの傷はなおってしまうだろう。はやく元気になって、私の頭の上まで、登る勇気が出なければならん。ここへ上がると・・・ 小川未明 「学校の桜の木」
・・・ その時、年とった体操の教師が、この木の下に立って、さも痛ましそうにして、皮の剥がれた幹を撫していましたが――よくこれで水を吸い上げるものだと言わぬばかりの顔をしながら――やがて、何に深く感動してか、溜息を洩らして、「苛められる者は・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ 彼女は窓の上に手を掛けて、機械体操の要領で足をそろえて窓の外へ出そうとした。「あッ、危い!」 彼女の手が窓からはなれようとした途端、白崎はうしろから抱きかかえた。オーバの上からだったが、彼女の肌の柔かさと、体温がじかに触れるよ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 公園のラジオ塔から流れて来るラジオ体操の単調な掛声は、思いがけず焦躁の響きだったが、私は何もしたくなかった。学校へも行きたくなかった。音楽も聴きたくなかった。映画も芝居も本も、面倒くさかった。歩くのも食うのも億劫だった。私には何一つするこ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・だいいち中学校の体操の教師を投げ飛ばして学校を追い出されたくらいだから……」「じゃ黙っとれ!」「いや、喋るわ」「選挙はもう済んだぜ」 それには答えず、お加代は、「あんた御馳走したげるのはいいけど、寝てる子起すようにならな・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 朝夕朗々とした声で祈祷をあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨を作った。傍に立札が立ててある。「御嶽教会×××作之」と。 茅屋根の雪は鹿子斑になった。立ちのぼる蒸気は毎日弱ってゆく。・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 赤色体操 俺だちは朝六時半に起きる。これは四季によって少しずつ違う。起きて直ぐ、蒲団を片付け、毛布をたゝみ、歯を磨いて、顔を洗う。その頃に丁度「点検」が廻わってくる。一隊は三人で、先頭の看守がガチャン/\と扉を開け・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫