・・・どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、つまらない事からなのでしょう。そうして、その揚句に米屋の亭主の方が、紺屋の職人に桶で散々撲られたのだそうです。すると、米屋の丁稚が一人、それを遺恨に思って、暮方その職人の外へ出る所を待伏せて、いき・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・相手が何とかいうのを振向きもせずに店を出た。雨は小休なく降り続けていた。昼餉の煙が重く地面の上を這っていた。 彼れはむしゃくしゃしながら馬力を引ぱって小屋の方に帰って行った。だらしなく降りつづける雨に草木も土もふやけ切って、空までがぽと・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・一つかみ打捕えて、岡田螺とか何とかいって、お汁の実にしたいようだ。」 とけろりとして真顔にいう。 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・省作はようやくのこと、いやだいやだと口の底で言いつつ便所を出たけれど、もしも省作がおとよさんにあって、おとよさんのあの力ある面つきで何とか言い出されたら、省作がいま口の底でいう、いやだいやだなんぞは、手のひらの塵を吹くより軽く飛んでしまいそ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・話しさえすれば、親の方から僕に何とか相談があるに違いない。僕の方に乗り気になれば、すぐにも来そうなものだ。いや、もし吉弥がまだ僕のことを知らしてないとすれば、青木の来ているところで話し出すわけには行くまい。あいつも随分頓馬な奴だから、青木の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その頃の日本の雑誌は専門のものも目次ぐらいは一と通り目を通していたが、鴎外と北尾氏との論争はドノ雑誌でも見なかったので、ドコの雑誌で発表しているかと訊くと、独逸の何とかいう学会の雑誌でだといった。日本人同士が独逸の雑誌で論難するというは如何・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・こんなとこにいつまでも転々していたってしようがねえ、旅用だけの事は何とか工面してあげるから。」 あまり出抜けで、私はその意を図りかねていた。「私もね、これでも十二三のころまでは双親ともにいたもんだが、今は双親はおろか、家も生れ故郷も・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・見ると右の手の親指がキュッと内の方へ屈っている、やがて皆して、漸くに蘇生をさしたそうだが、こんな恐ろしい目には始めて出会ったと物語って、後でいうには、これは決して怨霊とか、何とかいう様な所謂口惜しみの念ではなく、ただ私に娘がその死を知らした・・・ 小山内薫 「因果」
・・・「立ち入ったことをきくが、肉体的に一致せんとか何とかそんな……」「さアね」 と赧くなったが、急に想いだしたように、「――そういわれてみて、気がついたが、まだ一緒に寝たことがないんだ」「へえ……?」「忙しくてね、こっち・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ろうとしたが、また腰をおろして、「それでね、実は、君に一寸相談を願いたいと思って来たんだがね、どんなもんだろう、どうしても今夜の七時限り引払わないと畳建具を引揚げて家を釘附けにするというんだがね、何とか二三日延期させる方法が無いもんだろ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫