彼は永年病魔と闘いました。何とかしてその病魔を征服しようと努力しました。私も又彼を助けて、共にその病魔を斃そうと勉めましたが、遂に最後の止めを刺されたのであります。 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ またあちらでは女の子達が米つきばったを捕えては、「ねぎさん米つけ、何とか何とか」と言いながら米をつかせている。ねぎさんというのはこの土地の言葉で神主のことを言うのである。峻は善良な長い顔の先に短い二本の触覚を持った、そう思えばいかにも・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・……何とか言ったッけ。」と甲は書籍を拾い上げて、何気なく答える。 乙は其を横目で見て、「まさか水力電気論の中には説明してあるまいよ。」「無いとも限らん。」「あるなら、その内捜して置いてくれ給え。」「よろしい。」 甲乙・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 焚き火の傍へ行って、殊更らしく訊ねかえすと、他の労働者達に笑われるので気が引けた。何とかして、自分で探し出して持って行かねばならない。「まかない棒というから、とにかく棒には違いないんだろう。」 彼は、醤油を煮ている大きな釜の傍・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・それもその道理で、夫は今でこそ若崎先生、とか何とか云われているものの、本は云わば職人で、その職人だった頃には一通りでは無い貧苦と戦ってきた幾年の間を浮世とやり合って、よく搦手を守りおおさせたいわゆるオカミサンであったのであるし、それに元来が・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・―― 小さい時から仲のよかったお安は、この秋には何とか金の仕度をして、東京の監獄にいる兄に面会に行きたがった。母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・わたしは古人の隠逸を学ぶでも何でもなく、何とかしてこの暑苦を凌ごうがためのわざくれから、家の前の狭い路地に十四五本ばかりの竹を立て、三間ほどの垣を結んで、そこに朝顔を植えた。というは、隣家にめぐらしてある高いトタン塀から来る反射が、まともに・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・「ふふふそれはあなた、家では何とかいうとすぐあなたの話が出るんですから、あの人だって、まだ見もしないうちからもう青木さん青木さんと言って、お出でになってもまるで兄妹かなぞのように思っているんですもの」と章坊の枕を直してやる。「さっき・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれになって、いまは東北のほうで暮しているのである。そうして時たま私に手紙を寄こして、その娘の縁談に就いて・・・ 太宰治 「朝」
・・・それに対して一々何とか返事を出さなければならないのである。外国から講演をしに来てくれと頼まれる。このような要求は研究に熱心な学者としての彼には迷惑なものに相違ないが、彼は格別厭な顔をしないで気永に親切に誰にでも満足を与えているようである。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫