・・・ 顔を洗いに行こうとして、何時ものように籠傍を通ると、今朝はどうしたのか、ひどく粟が乱雑になって居るのに心付いた。籠の中に散って居るばかりか、一尺も間のある床の間まで、黄色い穀粒は飛んで居る。其にも無頓着で、彼等は、清らかな朝日を浴びて・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・田舎らしい単純と、避暑地のもつ軽快な華美とが見えない宙で溶け合って、一種の氛囲気を作っている此処では、人間の楽しい魂が、何時も花の咲く野山や、ホテルの白い水楼で古風なワルツを踊っているような気がする。 濃碧の湖には笑を乗せて軽舸が浮く。・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・そして何時も若々しい感情の波だちをもって人生に生きるものを、その幼稚さで嘲笑するのであるが、若し我々が本当に動的な世界観をもつリアリストであるならば、作家として倦怠に陥入ることは殆んどあり得ないことと思う。モウパッサンが後年何故あのような現・・・ 宮本百合子 「問に答えて」
・・・何故なら、私たちの生活感情にしみついている半封建的なブルジョア文化と文学の影響は実に深くて、通俗性・卑俗性と人民的な意味での大衆性とは何時もこんぐらがりがちです。さもなければ、どうして組織された労働者が、組合図書には民主的出版物を買い入れる・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・ロマンティック小説にあるように、生涯にたった一度の電撃的な恋愛が何時もあるとは思っていない。愛に蹉跌が無いとは思っていない。誤解もある。非常に重大な危機もあり得る。総てこれらのことを知っていて幼稚なイリュージョンを失っているからこそ、人間の・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ ○何時も旅行にさえ出ると、きっと自分を苦しめる陰鬱さ。 今日も私は苦しい悲しい心持がして居る。すっかり自分がむき出しになって、自分の前へ来るような気がする。苦しいけれども、自分にはきっとためになるだろう。自分を凝視して行く力。・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・治安維持法被告の非転向者は空襲がはじまると何時も監房の戸をかたく外から錠をかけられた。他の被告の監房の鎖ははずされた。私は宮本が「爆死」しなかったことをよろこんだ。〔五〕月初旬に大審院上告が却下された。無期徒刑囚として宮本は網走刑務所に移さ・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ 家中の女、母親も、アンナ・フロラ・ヒルダと云う三人の姉達も、女中も、皆、その驚くべき男の人達の為ばかりに何時も働き、用事をし、心配をしている。同じ同胞でも、二人の兄達は父と同じ「男」だから、母でも女中でもまるで違った扱いをします。父親・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・そこで貴族的な女の人たちと一緒に歌の会があるときには、一葉は何時も腹の立つような思いをしました。そういう女たちは我儘で得手勝手で、名誉心が強く、一葉の才気を憎らしがってお嬢さんらしい図々しさで押しつける。それに対して一葉は憤慨しています。向・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
出典:青空文庫