・・・いというと、だから貴女は駄目だ、凡そ宇宙の物、森羅万象、妙ならざるはなく、石も木もこの灰とても面白からざるはなし、それを左様思わないのは科学の神に帰依しないのだからだ、とか何とか、難事しい事をべらべら何時までも言うんですもの。私、眠くなって・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 五月六日 昨日は若い者が三四人押かけて来て、夜の十二時過ぎまで飲み、だみ声を張上げて歌ったので疲れて了い、何時寝たのか知らぬ間に夜が明けて今日。それで昨日の日記がお休み。 さても気楽な教員。酒を飲うが歌おうが、お露を可愛がって・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・自身はそんな卑役を取るつもりはなかったろうが、自然の勢で自分も知らぬ間に何時かそういう役廻りをさせられるようになっていたのである。骨董が黄金何枚何十枚、一郡一城、あるいは血みどろの悪戦の功労とも匹敵するようなことになった。換言すれば骨董は一・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ところが毎朝通る道筋の角に柳屋という豆腐屋がある、其処の近所に何時も何時も大きな犬が寐転んで居る。子供の折は犬が非常に嫌いでしたから、怖々に遠くの方を通ると、狗は却って其様子を怪んで、ややもすると吠えつく。余り早いので人通は少し、これには実・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・――お前の妹は起き上がると、落付いて身仕度をした。何時もズロースなんかはいたことがないのに、押入れの奥まったところから、それも二枚取り出してきて、キチンと重ねてはいた。それから財布のなかを調べて懐に入れ、チリ紙とタオルを枕もとに置いた。そう・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・夕方あいつは家を出て、何時何処で、誰から聞いて知っていたのか、お前のこの下宿へ真直にやって来て、おかみと何やら話していたが、やがて出て来て、こんどは下町へ出かけ、ある店の飾り窓の前に、ひたと吸いついて動かなんだ。その飾り窓には、野鴨の剥製や・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 尤もどの画家でも相当な人ならばある程度まではそういう事を考えぬ人は無いかもしれないが、しかしそう考えるばかりで何時までも同じ谷間の径路を往復しながら対岸の自然を眺めているのでは到底駄目であろう。一度も二度も馴れた道を捨てなければならな・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・しく生茂った父が屋敷の庭をさまよって、或る夏の夕方に、雑草の多い古池のほとりで、蛇と蛙の痛しく噛み合っている有様を見て、善悪の判断さえつかない幼心に、早くも神の慈悲心を疑った……と読んで行く中に、私は何時となく理由なく、私の生れた小石川金富・・・ 永井荷風 「狐」
・・・Henri Bordeaux という人の或る旅行記の序文に、手荷物を停車場に預けて置いたまま、汽車の汽笛の聞える附近の宿屋に寝泊りして、毎日の食事さえも停車場内の料理屋で準え、何時にても直様出発し得られるような境遇に身を置きながら、一向に巴・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・そういう時期が何時かあったらどうするという意味ではないが、まああると仮定して御覧なさい。そうしたらそういう時期こそ本当の独立独行という言葉の適当に使える時期じゃないでしょうか。人から月給を貰う心配もなければ朝起きて人にお早うと言わなければ機・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫