・・・の勧工場で大きな人形を強請って困らしたの、電車の中に泥酔者が居て衆人を苦しめたの、真蔵に向て細君が、所天は寒むがり坊だから大徳で上等飛切の舶来のシャツを買って来たの、下町へ出るとどうしても思ったよりか余計にお金を使うだの、それからそれと留度・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・しかし此頃に成って見ると矢張仕事ばかりじゃア、有る時や無い時が有って結極が左程の事もないようだし、それに家にばかりいるとツイ妹や弟の世話が余計焼きたくなって思わず其方に時間を取られるし……ですから矢張半日ずつ、局に出ることに仕ようかとも思っ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・年はまだ三十前、肥り肉の薄皮だち、血色は激したために余計紅いが、白粉を透して、我邦の人では無いように美しかった。眼鼻、口耳、皆立派で、眉は少し手が入っているらしい、代りに、髪は高貴の身分の人の如くに、綰ねずに垂れている、其処が傲慢に見える。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・何だかそんなところへ行くと余計に悪くなるような気がするで」「姉さんはそういうけれど、私の勧めるのは養生園ですよ。根岸の病院なぞとは、病院が違います。そんなに悪くない人が養生のために行くところなんですから、姉さんには丁度好かろうかと思うん・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・音吉が独り残って教室々々を掃除する音は余計に周囲をヒッソリとさせた。音吉の妻は子供を背負いながら夫の手伝いに来て、門に近い教室の内で働いていた。 学士は親しげな調子で高瀬に話した。「音さんの細君はもと正木先生の許に奉公していたんです・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「君だって、痩せたようだぜ。余計な心配をするから、そうなります。」「いいえ、だからそう言ったじゃないの。なんとも思ってやしないわよ、って。いいのよ、あたしは利巧なんですから。ただね、時々は、でえじにしてくんな。」 と言って私が笑・・・ 太宰治 「おさん」
・・・と笑談のようにこの男に言ったらこの場合に適当ではないかしら、と女は考えたが、手よりは声の方が余計に顫えそうなのでそんな事を言うのは止しにした。そこで金を払って、礼を云って店を出た。 例の出来事を発明してからは、まだ少しも眠らなかったので・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・いつもは毎日一日役所の殺風景な薄暗い部屋にのみ籠っているし、日曜と云っても余計な調べ物や内職の飜訳などに追われて、こんな事を考えた事も少ないが、病んで寝てみると、急に戸外のうららかな光が恋しくて胸をくすぐられるようである。早くなおりたい。な・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・顔の長い人が鳥打帽を冠ると余計に顔が長く見えるという説があるが、これもなんだか関係がありそうである。 芸術写真の一つの技巧として、風景などの横幅を縮め、従って、扁平な家を盛高く、低い森を高く見せてそれで一種の感じを出すのがある。あれなど・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・ 斯ういう不謹慎ないいようは余計に太十を惑わした。「そうよな」 と太十は首をかしげた。「どうせ駄目だから殺しっちまあべ」 威勢よくいった。そうかと思うと暫らく沈黙に耽って居る。「殺した方あよかんべな」 投げ出した・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫