・・・そこに、何か私たち女の生活の推移を暗示する、無限の余韻を感じずにはいられない気がする。先生よ、幸にお健やかでしょうか。 師といえば、私の作品を初めて紹介して下さった坪内逍遙先生のこともふれなければならないわけである。 坪内先生とは余・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 私の声の淋しい余韻はきれぎれになって私の耳にかえって来た。 私は声をかけさえ出来ない様になって自分の呼吸の響ばかりをたよりに吹雪の中に灰色の一本道をたどらなければならなかった。 赤い小松 煤煙のためだか鉄道・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 完全四度の音程のその音は三角派の絵の様に奇怪なそしてどっかに心安い安らかな思いのこもった響でその余韻には鋭い皮肉がふくまれていかにも官能的な音であった。「ねえ、ワイルドの作品の様な―― 音をききすます様な目をして千世子・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・崇福寺の建物は、狭いところに建てられている故か、大切な柱廊が、その通景に余韻を生ぜしむるだけ堂々と伸びやかに横わっていない。浅く、ただ礼拝する寺で、精神の活躍する場所として必要な底強いゆとりが建築上欠けているという印象である。木材が一面朱塗・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・るような、うっとりするような、抱えたような、投げたような、海の中に柳が有ったらお月様のかげの中に身をなげてしにたいような、立って動かぬしとみ戸に影うすくよって聞く人は声なくて只阿古屋の小玉が頬に散る。余韻を引いて音はやんだ、人はまだ動かぬ。・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・王の心の中は老人の唄った子守唄から生れた何とも云えない一種の悲哀がみなぎって歌の余韻を追う様にうす暗い隅を見つめる。老人は何もかも忘れた様に大きな額を少しうつむけていつの間にか居眠って居る。王 おう! もうねてじゃ。 ま・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・私は声の余韻を追いながらうっとりとした様にこんな事を云った。「そうやろそうやろ、それやから倍も又雛勇はんがすきに御なりやはったのやけ?」 今まであんまり口数をきかなかった中位の妓が云い出した。「そうですとも……もとからすきだったのが御う・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・次第次第にそのステップは熱し、高まって、優しく激しい幾旋回かののち、曲は再び沈静して夫妻は互に互の体を支えあいながら、顔をふるるばかりに近く互に見入りながら、消えてゆく音楽の余韻の裡に立っている。 本当にこうも踊れる男と女とが、こういう・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・について 近頃は一方に万葉、王朝時代の精神ということが特殊な根拠の上に云われているけれども、現実に今日の日本人の生活感情の内部にものこっていて、美的感覚などの裡にマンネリズムとして余韻をひいているものは寧ろそれ以後の、「さび」とか「・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・作者は、竹造のこまごまとした内的推移についてゆくうちに、あるところでは全く竹造と同化して余韻嫋々的リズムへ顔を押しつけているために、作品の後味は、この作品がある特別な階級人をその輪廓の内から書いているような錯倒した印象を与えるのである。・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
出典:青空文庫