・・・ 否な、人間の死は科学の理論を俟つまでもなく、実に平凡なる事実、時々刻々の眼前の事実、何人も争う可らざる事実ではない歟、死の来るのは一個の例外を許さない、死に面しては貴賎・貧富も善悪・邪正も知愚・賢不肖も平等一如である、何者の知恵も遁が・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・「そりゃ、ここの家は例外サ。」と、私は言った。「まあ、ゆっくりさがすんだナ。」「なにも追い立てをくってるわけじゃないんだから――ここにいたって、いられないことはないんだから。」 こう次郎も兄さんらしいところを見せた。 やがて・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・でも、私はあの山の上から東京へ出て来て見るたびに、とにもかくにも出版業者がそれぞれの店を構え、店員を使って、相応な生計を営んで行くのにその原料を提供する著作者が――少数の例外はあるにもせよ――食うや食わずにいる法はないと考えた。私が全くの著・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・何となれば、芸術家には、殆ど例外なく、二つの哀れな悪徳が具わって在るものだからであります。その一つは、好色の念であります。この男は、よわい既に不惑を越え、文名やや高く、可憐無邪気の恋物語をも創り、市井婦女子をうっとりさせて、汚れない清潔の性・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・男爵と同じように、何もしないで、もっぱら考えてばかりいる種属の人たちである。例外なく貧しかった。なんらかの意味で、いずれも、世の中から背徳者の折紙をつけられていた。ほんの通りがかりの者ですけれども、お内があんまり面白そうなので、つい立ち寄ら・・・ 太宰治 「花燭」
・・・作品に依らずに、その人物に依ってひとに尊敬せられ愛されようとさまざまに心をくだいて工夫している作家は古来たくさんあったようだが、例外なく狡猾な、なまけものであります。極端な、ヒステリックな虚栄家であります。作品を発表するという事は、恥を掻く・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・表面上てにはなしの句はあっても、それは例外であって、それでも影にかくれたてにはをもっているとも見られるであろう。 てにはに連関して考うべきことは切れ字の問題である。これは連歌時代からすでに発句がそれ自身に完結し閉鎖した形式を備えるべきも・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・これはことしの例外的な気候不順のためかとも思ってみたが、しかし、庭の奥のほうのからすうりはいつものように健康に生長している。 家人に聞いてみると、せんだって四つ目垣の朽ちたのを取り換えたとき、植木屋だか、その助手だかが無造作に根こそぎ引・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・もっとも吝で蓄めている奴があるかも知れないが、これは例外である。例外であるが蓄めていればそれだけの労力というものを後へ繰越すのだから、やはり同じ理窟になります。よくあいつは遊んでいて憎らしいとかまたはごろごろしていて羨ましいとか金持の評判を・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・中には例外はありますけれども、どれを見ても面白くない。唯面白くないといっても分らぬから、訳をいわなくちゃならんが、どれを見てもノッペリしている。ノッペリしているという意味は御手際が好いというので、褒めているのかといえば、そうではない。悪く言・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫