・・・とにかく一種侮蔑の念を抑える訳に行かなかった。日露戦争の時分には何でもロシアの方に同情して日本の連捷を呪うような口吻があったとかであるいは露探じゃないかという噂も立った。こんな事でひどく近所中の感じを悪くしたそうだが、細君の好人物と子供の可・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ 僕は啻にカッフェーの給仕女のみならず、今日に在っては新しき演劇団の女優に対しても以前の如くに侮蔑の目を以てのみ看てはいない。今の世の中にはあのようなものが芸術家を以て目せられるのも自然の趨勢であると思ったので、面晤する場合には世辞の一・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・で知られている瀧沢敬一が、世界平和のための積極的な発言者であるジョリオ・キューリー博士を政治的な嘲弄の言葉で通信にかいているのを見れば、平和を希う世界の良心に加えられた侮蔑と感じずにいられないのである。現代は、わたしたちが思っているよりも更・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 時に、彼の精神の或面に、私が、物足りなさによる侮蔑に近いものを感じたのは争われない。何か、この先もう一つ、吹っきれば素晴らしいのが見えて居るのに、いさぎよくそこまで踏切ってなぜ呉れないか、と云う愛の変形であったのだ。 何かで「忘れ・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・ 追腹を切って阿部彌一右衛門は死んでしまったが、そうやって死んでも阿部一族への家中の侮蔑は深まるばかりで、その重圧に鬱屈した当主の権兵衛が先代の一周忌の焼香の席で、髻を我から押し切って、先君の位牌に供え、武士を捨てようとの決心を示した。・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・教会で結婚の儀式をあげる機会をもてずに、愛しあっていた男女が結合し、親となったということだけのために、若い母親は周囲の人たちのしつこい侮蔑と中傷とにさらされなければならなくなった。父である牧師は、自分の教会と牧師である自身の体面が全教区の前・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・広島の平和都市、長崎の国際都市建設案を、議会満場一致で賛成、感謝したところで、民間人の代表めかしてものをいう人の本心が、こうも荒々しい実際を見れば、して貰うことは何でも感謝の、こじき根性と衷心において侮蔑を感じられてもしかたがあるまい。・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・しかるに上で一段下がった扱いをしたので、家中のものの阿部家侮蔑の念が公に認められた形になった。権兵衛兄弟は次第に傍輩にうとんぜられて、怏々として日を送った。 寛永十九年三月十七日になった。先代の殿様の一週忌である。霊屋のそばにはまだ妙解・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・一〇 私は彼を愛し、尊敬し、恐れ、憐れみ、そして侮蔑する。 私は愛する者、尊敬する者、恐れる者、憐れむ者、侮蔑する者を持っている。また愛し尊敬する者、愛し憐れむ者、憐れみ侮蔑する者を持っている。尊敬し恐れる者、恐れ侮蔑す・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・そねむのは優れた価値を引きおろすことであり、卑しめるのは人格に侮蔑を加えることであって、いずれも道義的には最も排斥さるべきことである。 第四は、強すぎたる大将である。心たけく、機はしり、大略は弁舌も明らかに物をいい、智慧人にすぐれ、短気・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫