・・・一しょに往来を歩いていると、遠い所の物は代りに見てくれる故、甚便利なり。 十三、絵や音楽にも趣味ある事。但しどちらも大してはわからざる如し。 十四、どこか若々しき所ある事。 十五、皮肉や揚足取りを云わぬ事。 十六、手紙原稿す・・・ 芥川竜之介 「彼の長所十八」
・・・「それには入院おさせになった方が便利ではないかと思うんです」自分は多加志の容体はSさんの云っているよりも、ずっと危いのではないかと思った。あるいはもう入院させても、手遅れなのではないかとも思った。しかしもとよりそんなことにこだわっているべき・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・「そう言えば商人だっていくぶん人の便利を計って利益を取っているんですね」 理につまったのか、怒りに堪えなかったのか、父は押し黙ってしまった。禿げ上がった額の生え際まで充血して、手あたりしだいに巻煙草を摘み上げて囲炉裡の火に持ってゆく・・・ 有島武郎 「親子」
・・・その中から小作料だけを差引いて小作人に渡すのだから、農場としては小作料を回収する上にこれほど便利な事はない。小作料を払うまいと決心している仁右衛門は馬鹿な話だと思った。彼れは腹をきめた。そして競馬のために人の注意がおろそかになった機会を見す・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・A 人は歌の形は小さくて不便だというが、おれは小さいから却って便利だと思っている。そうじゃないか。人は誰でも、その時が過ぎてしまえば間もなく忘れるような、乃至は長く忘れずにいるにしても、それを言い出すには余り接穂がなくてとうとう一生言い・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・詩人はただ自己の最も便利とする言葉によって歌うべきである。という議論があった。いちおうもっともな議論である。しかし我々が「淋しい」と感ずる時に、「ああ淋しい」と感ずるのであろうか、はたまた「あな淋し」と感ずるであろうか。「ああ淋しい」と感じ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ それにしても、今、吉弥を紹介しておく方が、僕のいなくなった跡で、妻の便利でもあろうと思ったから、――また一つには、吉弥の跡の行動を監視させておくのに都合がよかろうと思ったから――吉弥の進まないのを無理に玉をつけて、晩酌の時に呼んだ。料・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・電車の便利のない時分、向島へ遊びに行って、夕飯を喰いにわざわざ日本橋まで俥を飛ばして行くという難かし屋であった。 その上に頗る多食家であって、親しい遠慮のない友達が来ると水菓子だの餅菓子だのと三種も四種も山盛りに積んだのを列べて、お客は・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 事、キリスト教と学生とにかんすること多し、しかれどもまた多少一般の人生問題を論究せざるにあらず、これけだし余の親友京都便利堂主人がしいてこれを発刊せしゆえなるべし、読者の寛容を待つ。 明治三十年六月二十日東京青山において・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そこはトキワ会が近くて絵を借りに行くのが便利だったのと、階下がうどん屋だから、自炊の世話がいらなかったからです。ところが、そのうどん屋では酒も出すので、寒い夜道を疲れて帰った時などつい飲みたくなる。もともといける口だし、借も利くので、つい飲・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫