・・・ 而も赳々たる幾万の豼貅、一個の進んでドレフューの為めに、其寃を鳴し以って再審を促す者あらざりき。皆曰く。寧ろ一人の無辜を殺すも陸軍の醜辱を掩蔽するに如かずと。而してエミール・ゾーラは蹶然として起てり。彼が火の如き花の如き大文字は、淋漓・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・わたしはまだ日の出ないうちに朝顔に水をそそぐことの発育を促すに好い方法であると知って、それを毎朝の日課のようにしているうちに、そこにも可憐な秋草の成長を見た。花のさまざま、葉のさまざま、蔓のさまざまを見ても、朝顔はかなり古い草かと思う。蒸暑・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・寺塔を指してその高さ、その影の長さ、太陽の高度に注意を促す。こうすれば、言葉と白墨の線とによって、大きさや角度や三角函数などの概念を注ぎ込むよりも遥かに早く確実に、おまけに面白くこれらの数学的関係を呑み込ませる事が出来る。一体こういう学問の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ これに反して拙劣なるモンタージュは、動的な画像の単調無味なる堆積によってかえって観客のあくびを促すような静的なものを作り出すことも可能である。下手な剣劇の立ち回りがそれであろう。 エイゼンシュテインは、日本の文化のあらゆる諸要素が・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ それで、そういういろいろな物の見方に慣れた科学者が人間界の現象に対してそういう見方から得られるいろいろな可能性を指摘してそれに無関心な世人の注意を促すということは、科学者としてふさわしいことであって、そうしてむしろ科学者にしてはじめて・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それでここではただ現在陸地測量部地形図の恩恵をこうむりながらそれを意識していない一般の読者に、そうした隠れた貢献者が一枚一枚の図葉の背後に存在することを指摘し注意を促すよりほかに道はない。 近年になってまた日本の陸地測量部は一つの新しい・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・早くしないかと大声で促す。そんなにせき立てると、なおできやしないわと言う。黙って台所の横をまわって門へ出て見た。往来の人がじろじろ見て通るからしかたなしに歩き出す。半町ばかりぶらぶら歩いて振り返ってもまだ出て来ぬから、また引っ返してもと来た・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・そういう時にたとえばラジオによって全国に火事注意の警報を発し、各村役場がそれを受け取った上でそれを山林地帯の住民に伝え、青年団や小学生の力をかりて一般の警戒を促すような方法でもとれば、それだけでもおそらく森林火災の損害を半減するくらいのこと・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・といって促すと、お民は急に駄々をこねるような調子をつくって、「いいえ。帰りません。」と首を振って見せた。「帰ってくれというのに帰らないのは穏かでない。それではまるで強請も同様だ。お前さんがいくら何と云っても僕の方では金を出すべき義務・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・巡査は余の方を見て返答を促す。余は化石のごとく茫然と立っている。「いやこれは夜中はなはだ失礼で……実は近頃この界隈が非常に物騒なので、警察でも非常に厳重に警戒をしますので――ちょうど御門が開いておって、何か出て行ったような按排でしたから・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫