・・・由来西洋人の教師と云うものはいかなる俗物にも関らずシェクスピイアとかゲエテとかを喋々してやまないものである。しかし幸いにタウンゼンド氏は文芸の文の字もわかったとは云わない。いつかウワアズワアスの話が出たら、「詩と云うものは全然わからぬ。ウワ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・花田 おまえたちは始終俺のことを俗物だ俗物だといっていやがったな。若様どうだ。瀬古 僕は汚されたミューズの女神のために今命がけの復讐をしているところだ。待ってくれ。花田 貴様、俺のチョコレットを食ってるな。この画室には・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「ナニ最早大概吐き尽したんですよ、貴様は我々俗物党と違がって真物なんだから、幸貴様のを聞きましょう、ね諸君!」 と上村は逃げかけた。「いけないいけない、先ず君の説を終え給え!」「是非承わりたいものです」と岡本はウイスキーを一・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・丹泉の俗物でないことを知って交っていた唐氏は喜んで引見して、そしてその需に応じた。丹泉はしきりに称讃してその鼎をためつすがめつ熟視し、手をもって大さを度ったり、ふところ紙に鼎の紋様を模したりして、こういう奇品に面した眼福を喜び謝したりして帰・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・これは、俗物であった。帝大の医学部に在籍。けれども、あまり学校へは行かなかった。からだが弱いのである。これは、ほんものの病人である。おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・謂わば赤黒い散文的な俗物に、少しずつ移行していたのである。それは、人間の意志に依る変化ではなかった。一朝めざめて、或る偶然の事件を目撃したことに依って起った変化でもなかった。自然の陽が、五年十年の風が、雨が、少しずつ少しずつかれの姿を太らせ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・断片と断片の間をつなごうとして、あの思想家たちは、嘘の白々しい説明に憂身をやつしているが、俗物どもには、あの間隙を埋めている悪質の虚偽の説明がまた、こたえられずうれしいらしく、俗物の讃歎と喝采は、たいていあの辺で起るようだ。全くこちらは、い・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・「そうだね。僕もあまり人の身の上に立ちいることは好まない。深く立ちいって聞いてみたって、僕には何も世話の出来ない事が、わかっているんだから。」「俗物だね、君は。申しわけばかり言ってやがる。目茶苦茶や。」「ああ、目茶苦茶なんだ。た・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・そうしてかえって、俗物の偽善に支持を与えるのはこの人たちである。日本には、半可通ばかりうようよいて、国土を埋めたといっても過言ではあるまい。 もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ! おの・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・「あなたは俗物ね。」平気な顔をして言った。「草田のほうが、まだ理解があります。」 僕に対して、こんな失敬なことを言うお客には帰ってもらうことにしている。僕には、信じている一事があるのだ。誰かれに、わかってもらわなくともいいのだ。いや・・・ 太宰治 「水仙」
出典:青空文庫