・・・驚くべき処世の修行鍛錬を積んだ者で無くては出ぬ語調だった。女は其の調子に惹かれて、それではまずいので、とは云兼ぬるという自意識に強く圧されていたが、思わず知らず「ハ、ハイ」と答えると同時に、忍び音では有るが激しく泣出して終った。苦悩・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・かつて、排除と反抗は作家修行の第一歩であった。きびしい潔癖を有難いものに思った。完成と秩序をこそあこがれた。そうして、芸術は枯れてしまった。サンボリスムは、枯死の一瞬前の美しい花であった。ばかどもは、この神棚の下で殉死した。私もまた、おくれ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・いや、私などには、一生、どんなに所謂「修行」をしても出来っこない。 不敗。井伏さんのそのような態度にこそ、不敗の因子が宿っているのではあるまいか。 井伏さんと旅行。このテーマについては、私はもっともっと書きたく、誘惑せられる。 ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・君は、以後、讃辞を素直に受けとる修行をしなければいけない。吉田生。」「はじめて、手紙を差上げる無礼、何卒お許し下さい。お蔭様で、私たちの雑誌、『春服』も第八号をまた出せるようになりました。最近、同人に少しも手紙を書かないので連中の気持は・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その間、独房にてずいぶん堂々の修行をなされたことと思う。いまは或る書房の編輯部に勤めて居られる。A君は、私と中学校同級であった。画家である。或る宴会で、これも十年ぶりくらいで、ひょいと顔を合せ、大いに私は興奮した。私が中学校の三年のとき、或・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・いい修行になったのである。ただ、そうして、ついて歩いていたころは、まだよかった。そのうちにいよいよ隠してあった猛獣の本性を暴露してきた。喧嘩格闘を好むようになったのである。私のお伴をして、まちを歩いて行きあう犬、行きあう犬、すべてに挨拶して・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ポルジイはこれを承って、乱暴にも、「それでは肥料車の積載の修行をするのですな」と云った。その二は世界を一周して来いと云うのである。半年程留守を明けて、変った事物を見聞して来るうちには、ドリスを忘れるだろうと云うのである。勿論漫遊だって、身分・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 前途有望なこの映画の監督にぜひひと通りの俳諧修行をすすめたいような気がしているのである。 十六 外人部隊 たいへんに前評判のあった映画であるが自分にはそれほどでなかった。言葉のよくわからないせいもあろうがいった・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・よって平日この心にて修行すべきなり」とかまた「水ぎわまでの間にて敵を仕留めよ。陸地にてはいつも敵になげられよ。大地にわが体の落ち着くまでに敵を仕留むるの覚悟をせよ」とかいう文句がある。空中殺人法を説いたものである。現代では競技会でメダルやカ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・これからの修行が何十世紀かかるかこれはだれにも見当がつかない。 災難は日本ばかりとは限らないようである。お隣のアメリカでも、たまには相当な大地震があり、大山火事があるし、時にまた日本にはあまり無い「熱波」「寒波」の襲来を受けるほかに、か・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
出典:青空文庫