・・・「技巧などは修辞学者にも分る。作の力、生命を掴むものが本当の批評家である。」と云う説があるが、それはほんとうらしい嘘だ。作の力、生命などと云うものは素人にもわかる。だからトルストイやドストエフスキイの翻訳が売れるのだ。ほんとうの批評家にしか・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・しかし修辞につりこまれなければ、どちらがほんとうの「正義の敵」だか、滅多に判然したためしはない。 日本人の労働者は単に日本人と生まれたが故に、パナマから退去を命ぜられた。これは正義に反している。亜米利加は新聞紙の伝える通り、「正義の敵」・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・けれども苦辛というは修辞一点張であったゆえ、私の如きは初めから少しも感服しないで明らさまに面白くないというと、頗る不平で、「君も少し端唄の稽古でもし玉え、」と面白くない顔をした。緑雨のデリケートな江戸趣味からは言文一致の飜訳調子の新文体の或・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・極端にいえば、思想さえ思う存分に発現する事が出来るなら方式や修辞は革命家の立場からはドウでも宜かるべきはずである。二葉亭も一つの文章論としては随分思切った放胆な議論をしていたが、率ざ自分が筆を執る段となると仮名遣いから手爾於波、漢字の正訛、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・これも私は丁度同時にバージーンの修辞学を或る外国人から授かって、始終講義を聞いていた故、確かにその一部をバージーンから得たらしき『小説神髄』を余りに驚かなかったが、シカシ例証として日本の作物を挙げて論じられた処は面白くも読みかつまたお庇で蒙・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・肉体が疲れて意志を失ってしまったときには、鎧袖一触、修辞も何もぬきにして、袈裟がけに人を抜打ちにしてしまう場合が多いように思われます。悲しいことですね。この「女の決闘」という小品の描写に、時々はッと思うほどの、憎々しいくらいの容赦なき箇所の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・旋律なく修辞のみ。 魚の骨しはぶるまでの老を見て 芭蕉がそれに続ける。いよいよ黒っぽくなった。一座の空気が陰鬱にさえなった。芭蕉も不機嫌、理窟っぽくさえなって来た。どうも気持がはずまない。あきらかに去来の「道心のおこりは」の罪で・・・ 太宰治 「天狗」
・・・愛情は胸のうち、言葉以前、というのは、あれも結局、修辞じゃないか。だまっていたんじゃ、わからない、そう突放されても、それは、仕方のないことなんだ。真理は感ずるものじゃない。真理は、表現するものだ。時間をかけて、努力して、創りあげるものだ。愛・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・「策略の花、可也。修辞の花、可也。沈黙の花、可也。理解の花、可也。物真似の花、可也。放火の花、可也。われら常におのれの発したる一語一語に不抜の責任を持つ。」 あわれ、この花園の妖しさよ。 この花園の奇しき美の秘訣を問わば、かの花作り・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・が現代的科学的修辞に飾られて、しばしばジャーナリズムをにぎわした。 しかし蠅を取りつくすことはほとんど不可能に近いばかりでなく、これを絶滅すると同時に、蛆もこの世界から姿を消す、するとそこらの物陰にいろいろの蛋白質が腐敗して、いろいろの・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
出典:青空文庫