・・・ 倫理学は人間行為の指導原理と法則とを与えようとするのみならず、また学者の個性をも表現する。コーヘンの『純粋意志の倫理学』と、ギヨーの『義務と制裁のない倫理学』とを比較するならば、その個性の対比は文芸作品の個性の差異の如くいちじるしい。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それによって生活の充実と向上とまた個性の発展とをはかるべきである。実際今日においては職業婦人は有閑婦人よりも、その生命の活々しさと、頭脳の鋭さと、女性美の魅力さえも獲得しつつあるのである。われわれの日常乗るバスの女車掌でさえも有閑婦人の持た・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・よい作家はすぐれた独自の個性じゃないか。高い個性を創るのだ。渡り鳥には、それができないのです。」 日が暮れかけていた。青扇は団扇でしきりに臑の蚊を払っていた。すぐ近くに藪があるので、蚊も多いのである。「けれど、無性格は天才の特質だと・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・青年の没個性、自己喪失は、いまの世紀の特徴と見受けられます。以下、必ず一読せられよ。刺し殺される日を待って居る。私は或る期間、穴蔵の中で、陰鬱なる政治運動に加担していた。月のない夜、私ひとりだけ逃げた。残された仲間は、すべて、いのちを失った・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・花は、万朶のさくらの花でも、一輪、一輪、おそろしいくらいの個性を持って居ります。私は、いま、ベッドに腹這いになって、鉛筆をなめなめ、考え考えして、一字、一字、書きすすめ、もう、死ぬるばかり苦しくなって、そうして、枕元の水仙の花を見つめて居り・・・ 太宰治 「古典風」
・・・「尤も生徒の個性的傾向は無論考えなければならない。通例そのような傾向は、かなりに早くから現われるものである。それだから自分の案では、中等学校の三年頃からそれぞれの方面に分派させるがいいと思う。その前に教える事は極めて基礎的なところだけを・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・無理な類推ではあるが人間の個性も、やっぱり何かしらひと花咲かせてみないと充分にその存在がはっきりしない、あれと同じだというような気がするのである。 去年の七月にはあんなにたくさんに池のまわりに遊んでいた鶺鴒がことしの七月はさっぱり見えな・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・こういうふうに人間の個性をなくしているところは全く軍隊式である。年じゅうこのとおりだったら梟やたぬきのような種類の人間にはさぞ都合が悪いことであろうと思われたのであった。これはこの映画を見たときにちょっとそう思ったことである。 この映画・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・吾は時勢の影響を受けているから、しかじかの理想に属するものを好むと云うならばそれでよろしい。吾は個性としてかくかくの理想の下に包含せらるべきものを択むと云うならば、それで勘弁してもよい。好悪は理窟にはならんのだから、いやとか好きとか云うなら・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・前申した、仕事をして何かに掘りあてるまで進んで行くという事は、つまりあなた方の幸福のため安心のためには相違ありませんが、なぜそれが幸福と安心とをもたらすかというと、あなた方のもって生れた個性がそこにぶつかって始めて腰がすわるからでしょう。そ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫