・・・その男は、後間もなく、木樵りがの木を伐り倒すのに手を借して、その木の下に圧されて歿くなりました。これによく似ているのは、ロストックで数学の教授をしていた Becker に起った実例でございましょう。ベッカアはある夜五六人の友人と、神学上の議・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・そして一方の親が倒された時には、第四階級という他方の親は、血統の正しからぬ子としてその私生児を倒すであろう。その時になって文化ははじめて真に更新されるのだ。両階級の私生児がいちはやく真の第四階級によって倒されるためには、すなわち真の無階級の・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ぽんと若い人が、その人形をもろに倒すと、むこうで、ばったり、今度は、うつむけにまた寝ました。 驚きましたわ。藁を捻ったような人形でさえ、そんな業をするんだもの。……活きたものは、いざとなると、どんな事をしようも知れない、可恐いようね・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・斉しく、野の燃ゆるがごとく煙って、鼻の尖った、巨なる紳士が、銃を倒す、と斉しく、ヘルメット帽を脱いで、高くポンと空へ投げて、拾って、また投げて、落ちると、宙に受けて、また投るのを視た。足でなく、頭で雀躍したのである。たちまち、法衣を脱ぎ、手・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・その面赤しといえども、その力大なりといえども、山男にて手を加えんとせんか、女が江戸児なら撲倒す、……御一笑あれ、国男の君。 物語の著者も知らるるごとく、山男の話は諸国到る処にあり。雑書にも多く記したれど、この書に選まれたるもののごとく、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸太を倒すように芝生の上に倒れてしまった。 吉永は、とび上った。 も一発、弾丸が、彼の頭をかすめて、ヒウと唸り去った。「おい、坂本! おい!」 彼は呼んでみた。 軍服が、ど・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・すると、色の浅黒い男は、丸太を倒すようにパタリと雪の上に倒れた。それと同時に、豆をはぜらすような音がイワンの耳にはいって来た。 再び、将校の銃先から、煙が出た。今度は弱々しそうな頬骨の尖っている、血痰を咯いている男が倒れた。 それま・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・鋸で立っている樹を伐り倒すということは面白味のあることだった。霰の降るような日にでも山で働いていると汗が出た。麦飯の弁当がこの上なくうまかった。 槽を使うのは、醤油屋の仕事に慣れた髯面の古江という男がやった。京一は、いつも桃桶で諸味を汲・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・と、小山を倒すが如くに大きなる身を如何にも礼儀正しく木沢の前に伏せれば、丹下も改めて、「それがしが申したる旨御用い下さるよう、何卒、御願い申しまする木沢殿。」という。猶未だ頭を上げなかった男、胴太い声に、「遊佐河内守、それが・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・天狗の大木を伐り倒す音がめりめりと聞えたり、小屋の口あたりで、誰かのあずきをとぐ気配がさくさくと耳についたり、遠いところから山人の笑い声がはっきり響いて来たりするのであった。 父親を待ちわびたスワは、わらぶとん着て炉ばたへ寝てしまった。・・・ 太宰治 「魚服記」
出典:青空文庫