・・・だから、まず順序として、親戚で借りることを考えてみる。京都には親戚が二軒、下鴨と鹿ヶ谷にあり、さて学校から歩いて行ってどっちの方が近いかなどとは、この際贅沢な考え、じつのところどちらへも行きたくない。行けない。両方とも既にしばしば借りて相当・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・といいますが、あんまり他人の頭ばかり借りてものを考えたり、喋ったり、書いたりしておりますと、しまいには鰯の頭まで借りるようになってしまいます。いや、僕は冗談に言っているのではない。真面目に言っているのです。 他人の頭でものを考えるという・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
一 神田のある会社へと、それから日比谷の方の新聞社へ知人を訪ねて、明日の晩の笹川の長編小説出版記念会の会費を借りることを頼んだが、いずれも成功しなかった。私は少し落胆してとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・と急に起上がって「紙と筆を借りるよ。置手紙を書くから」と机の傍に行った。 この時助が劇しく泣きだしたので、妻は抱いて庭に下りて生垣の外を、自分も半分泣きながら、ぶらぶら歩るいて児供を寝かしつけようとしていた。暫くすると急に母は大声で・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・帰って来て、そんな家を無理して借りるよりも、まだしも今の住居のほうがましだということにおもい当たった。いったんは私の心も今の住居を捨てたものである。しかし、もう一度この屋根の下に辛抱してみようと思う心はすでにその時に私のうちにきざして来た。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「熊吉や、そんなことを言わないで、小さな家でも一軒借りることを心配してくれよ。俺は病院なぞへ入る気には成らんよ」「しかし姉さんだっても、いくらか悪いぐらいには自分でも思うんでしょう。すっかり身体を丈夫にして下さい。家を借りる相談なぞ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・高瀬はすこしばかりの畠の地所を附けてここを借りることにした。 小使いの音吉が来て三尺四方ばかりの炉を新規に築き上げてくれた頃、高瀬は先生の隣屋敷の方からここへ移った。 家の裏には別に細い流があって、石の間を落ちている。山の方から来る・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・お金を借りるときよりも、着物を借りる時のほうが、十倍くるしいものであること、ご存じですか。顔から火が出るという言葉がありますけれど、実感であります。それに、着物ばかりか、兵古帯も、下駄も借りなければ、いけなかったのです。そうして、恋人を欺く・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・けれども、それよりは、諸君が鴎外全集を買うなり、または私のように、よそから借りるなりして親しくお読みになれば、それは、ちゃんとお判りになることなのですから、わざと堪えて、七つ、いや、八つだけ、おめにかけます。「埋木」OSSIP SCHU・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・僕はね、奥さん、あの雑貨店の奥の三畳間を借りる前にはね、大学の病院の廊下に寝泊りしていたものですよ。医者のほうが患者よりも、数等みじめな生活をしている。いっそ患者になりてえくらいだった。ああ、実に面白くない。みじめだ。奥さん、あなたなんか、・・・ 太宰治 「饗応夫人」
出典:青空文庫