・・・ 昨年、九月、甲州の御坂峠頂上の天下茶屋という茶店の二階を借りて、そこで少しずつ、その仕事をすすめて、どうやら百枚ちかくなって、読みかえしてみても、そんなに悪い出来ではない。あたらしく力を得て、とにかくこれを完成させぬうちは、東京へ帰る・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・ 先ずノイレングバハに別荘を借りた。ウィインから急行で半時間掛かる。風景はなかなか好い。そして丸で人が来ない。そこに二人は気楽に住んでいる。風来もののドリスがどの位面白い家持ちをするかと云うことが、始て経験せられた。こせこせした秩序に構・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・私はさっそくそれを借りてきて読んだ。 この日記がなくとも、『田舎教師』はできたであろうけれども、とにかくその日記が非常によい材料になったことは事実であった。ことに、死一年前の日記が……。 この日記は、あるいはこの小林君の一生の事業で・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・宿の番傘を借りて明神池見物に出掛けた。道端の熊笹が雨に濡れているのが目に沁みるほど美しい。どこかの大きな庭園を歩いているような気もする。有名な河童橋は河風が寒く、穂高の山塊はすっかり雨雲に隠されて姿を見せない。この橋の両側だけに人間の香いが・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・「じゃ絹ちゃんが借りてやっているわけだね」「ここのお神さんはおひろちゃんですよ。私は世話焼きに来ているだけなんです。いつまでこんなこともしていられないんです。働けるうちに神戸へ行って子供の守でもしてやらなければ」そして彼女は汚れた肌・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ こんにゃくは町のこんにゃく屋へいって、私がになえるくらい、いつも五十くらい借りてきた。こんにゃくはこんにゃく芋を擦りつぶして、一度煮てからいろんな形に切り、それを水に一ト晩さらしといてあくをぬく。諸君がとんぼとりにつかうもちは、その芋・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・、わたくしは確にこれをも読んだはずであるが、しかし今日記憶に残っているものは一つもない、帝国文庫の『京伝傑作集』や一九の『膝栗毛』、または円朝の『牡丹燈籠』や『塩原多助』のようなものは、貸本屋の手から借りた時、披いて見たその挿絵が文章よりも・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・今幸に知らざる人の盾を借りて、知らざる人の袖を纏い、二十三十の騎士を斃すまで深くわが面を包まば、ランスロットと名乗りをあげて人驚かす夕暮に、――誰彼共にわざと後れたる我を肯わん。病と臥せる我の作略を面白しと感ずる者さえあろう。――ランスロッ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・パスカルの語を借りていえば、単に l'esprit de gomtrie[幾何学の精神]でなくて、l'esprit de finesse[繊細の精神]というものがあると思う。フランス哲学の特色は後者にある。同じデカルトの流を汲んだ人でも、マ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ 五 私はボーレンで金を借りた。そして又外人相手のバーで――外人より入れない淫売屋で――又飲んだ。 夜の十二時過ぎ、私は公園を横切って歩いていた。アークライトが緑の茂みを打ち抜いて、複雑な模様を地上に織っていた。ビ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫