・・・医者は生と、精神の課題に、弁護士は倫理と社会制度の問題に、軍人は民族と国際協同の問題に接触せずにはおられない。その最も適切の例証は、最近に結成せられた「産業技術連盟」の声明書である。それは純粋に専門的な技術家のみの結社であるが、技術は社会的・・・ 倉田百三 「学生と読書」
所謂社会主義の世の中になるのは、それは当り前の事と思わなければならぬ。民主々義とは云っても、それは社会民主々義の事であって、昔の思想と違っている事を知らなければならぬ。倫理に於いても、新しい形の個人主義の擡頭しているこの現・・・ 太宰治 「新しい形の個人主義」
・・・これは、おれの最後のエゴイズムだ。倫理は、おれは、こらえることができる。感覚が、たまらぬのだ。とてもがまんができぬのだ。 笑いの波がわっと館内にひろがった。嘉七は、かず枝に目くばせして外に出た。「水上に行こう、ね。」その前のとしのひ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私のいま夢想する境涯は、フランスのモラリストたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ ある哲学者の著書の中に、小説戯曲は倫理的の実験のようなものだという意味の事があった。実際たとえば理論物理学で常に使用さるるいわゆる思考実験と称するものはある意味において全く物理学的の小説である。かつて何人も実験せずまた将来も実現する事・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ こういう芸術上のグロテスクな傾向が、循環的に吾々の倫理思想や人生観に与える反応はどんなものであろうか。これもその方面の人々の深く考えてみるべき問題の一つではあるまいか。 彫刻部に関する私の心像は空虚である。ただ意味のありそうな・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・しかし中学校では既に倫理道徳などという事すら教えているではないか。生徒の老成後の倫理道徳観が中学校で教わった所と如何ほど懸隔しても仕方がない。やはり中学校の倫理は無益ではない。自分は科学というものの方法や価値や限界などを多少でも暗示する事が・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・ただ僅かに倫理と芸術と両立せないで、どちらかを捨てねばならぬ場合がないではありません。例えば私がこの机を推している、何時しかこの机と共に落ちたとします。この落ちたという事実に対して、諸君は必ず笑われるに違いない。しかし倫理的に申したならば、・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・道学者は倫理的の立場から始終奢侈を戒しめている。結構には違ないが自然の大勢に反した訓戒であるからいつでも駄目に終るという事は昔から今日まで人間がどのくらい贅沢になったか考えて見れば分る話である。かく積極消極両方面の競争が激しくなるのが開化の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・どうかしてこの込み入った画の配合や人間の立ち廻りを鷲抓みに引っくるめてその特色を最も簡明な形式で頭へ入れたいについてはすでに幼稚な頭の中に幾分でも髣髴できる倫理上の二大性質――善か悪かを取りきめてこの錯雑した光景を締め括りたい希望からこうい・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫