・・・二、三十円を無雑作にズボンのポケットへねじ込んであるが儘にして置いて死ぬのだ。倹約しなければいけない、と生れてはじめてそう思った。花の絵日傘をさして停車場へいそいだのである。停車場の待合室に傘を捨て、駅の案内所で、江の島へ行くには? と聞い・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・天保年間の諸事御倹約の御触に就いて、その一人物が大いに、こぼしているところなのであります。私は、永井荷風という作家を、決して無条件に崇拝しているわけではありません。きのう、その小説集を読んでいながらも、幾度か不満を感じました。私みたいな、田・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・一層倹約をしなければならぬ。杉並区・天沼三丁目。知人の家の一部屋を借りて住んだ。その人は、新聞社に勤めて居られて、立派な市民であった。それから二年間、共に住み、実に心配をおかけした。私には、学校を卒業する気は、さらに無かった。馬鹿のように、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・日本へ来ているのは金をこしらえるためだから、なんでも出来るだけ倹約するのですと彼自身人に話したそうである。 黒田の居た二階の縁側に立って見ると、裏の塀越しにイタリア人の家の庭から縁側が見下ろされる。二間あるかなしの庭に、植木といったら柘・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ある地方の倹約な商家では平日雇人のみならず主人達も粗食をしていて、時々「贅沢デー」を設けて御馳走を食ったという話もある。もっともこれは全く算盤から割り出した方法だそうではあるが。「無礼講」という言葉が残っており、西洋でも「エプリルフール・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そうとも知らずわずかの車賃を倹約するつもりで我慢して歩いて行った。重態の先生には面会は許されなかった。しかし持って行った花は夫人が病床へ運んでくれた。夫人はやがて病室から出て来て「きれいだなと言っていましたよ」と言った。考えてみるとこれが先・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・両人は蒼くなって、あまり跳ね過ぎたなと勘づいたが、これより以後跳方を倹約しても金剛石が出る訳でもないので、やむをえず夫婦相談の結果、無理算段の借金をした上、巴里中かけ廻ってようやく、借用品と一対とも見違えられる首飾を手に入れて、時を違えず先・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・こんな国ではちっと人間の背いに税をかけたら少しは倹約した小さな動物が出来るだろうなどと考えるが、それはいわゆる負惜しみの減らず口と云う奴で、公平な処が向うの方がどうしても立派だ。何となく自分が肩身の狭い心持ちがする。向うから人間並外れた低い・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・誓えば藩政の改革とて、藩士一般に倹約を命ずることあり。この時、衣服の制限を立るに、何の身分は綿服、何は紬まで、何は羽二重を許すなどと命を出すゆえ、その命令は一藩経済のため歟、衣冠制度のため歟、両様混雑して分明ならず。恰も倹約の幸便に格式りき・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・然るに今この家においては斯る盛大なる国教もその力を伸ぶること能わずして、戸外の公務なるものに逢えば忽ちその鋒を挫き、質素倹約も顧みるに遑あらず、飲酒不養生も論ずるに余地なく、一家内の安全は挙げてこれを公務に捧げ、遂には人間最大一の心得たる真・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫