・・・それから側目には可笑しいほど、露柴の機嫌を窺い出した。……… 鏡花の小説は死んではいない。少くとも東京の魚河岸には、未にあの通りの事件も起るのである。 しかし洋食屋の外へ出た時、保吉の心は沈んでいた。保吉は勿論「幸さん」には、何の同・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・が、お蓮はそんな物には、全然側目もふらないらしい。ただ心もち俯向いたなり、さっさと人ごみを縫って行くんだ。何でも遅れずに歩くのは、牧野にも骨が折れたそうだから、余程先を急いでいたんだろう。「その内に弥勒寺橋の袂へ来ると、お蓮はやっと足を・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・が、それだけまた心配なのは、今夜逢いに来るお敏の身の上ですから、新蔵はすぐに心をとり直すと、もう黄昏の人影が蝙蝠のようにちらほらする回向院前の往来を、側目もふらずまっすぐに、約束の場所へ駈けつけました。所が駈けつけるともう一度、御影の狛犬が・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ こう一言言ったきり、相変らず夜は縄をない昼は山刈りと土肥作りとに側目も振らない。弟を深田へ縁づけたということをたいへん見栄に思ってた嫂は、省作の無分別をひたすら口惜しがっている。「省作、お前あの家にいないということがあるもんか」・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そうして側目も振らずにいきなり電車へ飛び込んでしまった。 竹村君がこのまじょりか皿を買おうと思い立ったのは久しい前の事である。いつか同郷の先輩の書斎で美しい絵のついた長方形の浅いペン皿を見た事がある。その時これがまじょりかといって安くな・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
出典:青空文庫