・・・小児は牛乳を以て養う可しと言い、財産家は乳母を雇うこと易しとて、母に乳あるも態と之を授けずして恰も我子の生立を傍観する者なきにあらず。大なる心得違にして、自然の理に背く者と言う可し。一 婦人の妊娠出産は勿論、出産後小児に乳を授け衣服を着・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・君は前年なにゆえに廃藩の事を賛成して旧主人の落路を傍観したるや。しかのみならずその旧主人とともに社会に立ち、あるいはその上に位して世の尊敬を受くるも、恬としてはばかる色なきはなにゆえなるや。 かつ君に質問することあり。君が維新の前後、し・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・しかし己は高が身の周囲の物事を傍観して理解したというに過ぎぬ。己と身の周囲の物とが一しょに織り交ぜられた事は無い。周囲の物に心を委ねて我を忘れた事は無い。果ては人と人とが物を受け取ったり、物を遣ったりしているのに、己はそれを余所に見て、唖や・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・打者走者も球を見ざるべからず。傍観者もまた球に注目せざればついにその要領を得ざるべし。今尋常の場合を言わば球は投者の手にありてただ本基に向って投ず。本基の側には必らず打者一人棒を持ちて立つ。投者の球正当の位置に来れりと思惟する時は(すなわち・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・とおたがいに冷やかに眺めあっているだけならば、そこには新聞の社会面と同様に、歴史の前進性、建設性に対して責任をもたない傍観主義があるだけです。「進歩的な」学生たちのグループが、こういう社会現実に対してもし商業新聞の社会面的にみるだけという態・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・こんにち客観すれば、当時の転向問題の扱いかたの多くは、本質において検事局的な匂いをふくんでいるか、あるいは、傷つかない傍観者の正義感の自己満足の要素がなくはなかった。「冬を越す蕾」で、日本の近代社会にのこされている半封建性と、その影響を・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 千代を傍観者として後片づけをしていると、良人は、さほ子に訊いた。「どうだね?」 気づかれのした彼女は、ぐったり腕椅子に靠れ込み、髪をなおしながら、余り快活でなく呟いた。「さあ。――少し疑問よ」 同じように不活溌な千代の・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・一体僕は稟賦と習慣との種々な関係から、どこに出ても傍観者になり勝である。西洋にいた時、一頃大そう心易く附き合った爺いさんの学者があった。その人は不治の病を持っているので、生涯無妻で暮した人である。その位だから舞踏なんぞをしたことはない。或る・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ こうして漁師の群れの活動をながめている内に私はふと傍観者の手持ち無沙汰を感じ出した。私は漁師の群れに投じてともに働くか、でなければ傍観者としての自己の立場を是認するか、いずれかに道を極めなければならなくなった。そして私の頭には百姓とと・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・この深刻な経験が結晶せずに終わるだろうと信ずるのは、世界のすみにあって戦争の苦しさをのんきに傍観している浅薄な国民だけだろう。 しかし世界はそう単純には行かない。世界が何かの単色に塗られるだろうなどと考えるのは、正気の沙汰ではない。・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫