・・・ こんな事になるのも、国政の要路に当る者に博大なる理想もなく、信念もなく人情に立つことを知らず、人格を敬することを知らず、謙虚忠言を聞く度量もなく、月日とともに進む向上の心もなく、傲慢にしてはなはだしく時勢に後れたるの致すところである。・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・内心にこれを愧じて外面に傲慢なる色を装い、磊落なるが如く無頓着なるが如くにして、強いて自ら慰むるのみなれども、俗にいわゆる疵持つ身にして、常に悠々として安心するを得ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるるこ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ただしほのめかすだけである。傲慢に見えてはならない。 ピエエル・オオビュルナンは満足らしい気色で筆を擱いた。ぎごちなくなった指を伸ばして、出そうになった欠を噛み潰した。そしてやおらその手を銀盤の方へ差し伸べた。盤上には数通の書簡がおとな・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・謙遜か、傲慢か、はた彼の国体論は妄に仕うるを欲せざりしか。いずれにもせよ彼は依然として饅頭焼豆腐の境涯を離れざりしなり。慶応三年の夏、始めて秩禄を受くるの人となりしもわずかに二年を経て明治二年の秋彼は神の国に登りぬ。曙覧が古典を究め学問に耽・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・あいつらは朝から晩まで、俺らの耳のそば迄来て、世界の平和の為に、お前らの傲慢を削るとかなんとか云いながら、毎日こそこそ、俺らを擦って耗して行くが、まるっきりうそさ。何でもおれのきくとこに依ると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑い・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・「無反省的思いあがり」で「ABC的観念的批評をやりながら」「おそろしくいい気持で」「傲慢な罵倒」を「小ブル的自己満足」をもってしている。又、中條という「少し太りすぎて眼鏡などかけた雌蛙」「プロレタリア文学における」「見習い女中にすぎない」者・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・ という風な英雄像に彫り上げられた一塊の石にしかすぎぬものが、余り市民の崇敬を受けてその栄耀に傲慢となり、もとは一つ石の塊であった台座の石ころたちと抗争しつつ、遂に自身の地位に幻滅してこっぱみじんに砕けてゆく物語は、平静に、諷刺満々と語られ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・落着いて、さも安んじた心持で居るように微笑――得意な幾分女性の傲慢もそなえた――をうかべながら、かるく頭を下げながら、挨拶をして居る。そして、丈の高い体は美くしく見えた。御機嫌よう御機嫌ようと云う声に送られて、汽車が構内を出てしまうと、急に・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ツァウォツキイはこう云って、身を反らして、傲慢な面附をして役人の方を見た。胸に挿してある小刀と同じように目が光った。 役人は「監房に入れい、情の無い奴だ」と叫んだ。 押丁共がツァウォツキイの肩先を掴まえて引き摩って行った。 ツァ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 或る日、ナポレオンはその勃々たる傲慢な虚栄のままに、いよいよ国民にとって最も苦痛なロシア遠征を決議せんとして諸将を宮殿に集合した。その夜、議事の進行するに連れて、思わずもナポレオンの無謀な意志に反対する諸将が続々と現れ出した。このため・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫