・・・男も女も僧侶もクララを振りかえって見た。「光りの髪のクララが行く」そういう声があちらこちらで私語かれた。クララは心の中で主の祈を念仏のように繰返し繰返しひたすらに眼の前を見つめながら歩いて行った。この雑鬧な往来の中でも障碍になるものは一つも・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって、仏具を飾って僧侶がお勤めをしていたから、椿岳もまた頭を剃円めて法体し、本然と名を改めて暫らくは淡島様のお守をしていた。 この淡島堂のお堂守時代が椿岳本来の面目を思う存分に発揮したので、奇名・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・かつて、私は、僧侶が、しゃく杖を鳴らしながら、道を歩くのは、虫たちを逃がして、無益の殺生をしないがためだという話をきいて、ひどく感動したことがありました。正しく生存する姿は、決して、自然との闘争でなくして、調和であると信ぜられるが故、たとえ・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・しかし、現在書かれている肉体描写の文学は、西鶴の好色物が武家、僧侶、貴族階級の中世思想に反抗して興った新しい町人階級の人間讃歌であった如く、封建思想が道学者的偏見を有力な味方として人間にかぶせていた偽善のヴェールをひきさく反抗のメスの文学で・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・という綽名はそれと知らずにつけられたのだが、実は寺田の生家は代々堀川の仏具屋で、寺田の嫁も商売柄僧侶の娘を貰うつもりだったのだ。反対された寺田は実家を飛び出すと、銀閣寺附近の西田町に家を借りて一代と世帯を持った。寺田にしては随分思い切った大・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・というはげしい息づかいが、まるで真剣勝負のそれのような凄さを時に伝えて来て、天龍寺の僧侶たちはあっと息をのんだという。それは二人の勝負師が無我の境地のままに血みどろになっている瞬間であった。 坂田の耳に火のついたような赤ん坊の泣き声がど・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ ××というのは、思い出せなかったが、覇気に富んだ開墾家で知られているある宗門の僧侶――そんな見当だった。また○○の木というのは、気根を出す榕樹に連想を持っていた。それにしてもどうしてあんな夢を見たんだろう。しかし催情的な感じはなかった・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりでは無い。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色色な秘密らしい口供を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「貝がらと僧侶」もはなはだ不愉快な映画であった。脚色者があさはかな人間の知恵をもてあそぶに忙しいだけで、科学的に真実な、万人を無条件に納得させるような何物をも含んでいないからである。 「パリ―ベルリン」 これに反・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫