・・・ 先着の伴牛はしきりに友を呼んで鳴いている。わが引いている牛もそれに応じて一声高く鳴いた。自分は夢から覚めた心地になって、覚えず手に持った鼻綱を引詰めた。 四 水は一日に一寸か二寸しか減じない。五、六日経って・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 長いこと遠いところに行っていたおげんの一番目の弟の宗太も、その頃は東京で、これもお玉の旦那と二人で急いで来たが、先着の親戚と一緒になる頃はやがて十一時過ぎであった。「もう遅いから子供はお帰り。姉さんのお通夜は俺達でするからナ。それ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・の縁日で、万年筆のれいの口上、この万年筆、今回とくべつを以て皆さんに、会社の宣伝のため、無代進呈するものであります、と言って、それから、万年筆の数にも限りがあり、皆さん全部に、おわけすることもできず、先着順に、おしるしだけ金十銭也をいただい・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・程なく三人の別な女のひとが来て、そこは先着の人がいますというのもかまわず上の守衛がいいといった、出た人には代りを入れるとことわったのだからといって腰をおろしてしまった。婦人席の傍に立っている守衛は、上のひとが独断でそうしたが仕方がないとごち・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・わたしはかならず、その音楽に相応して広場に先着しているデモの中からも湧くような歌が起るだろうと思った。ところが、ほんの一節聞えただけで、音楽はやんだ。 群衆の頭越しに行進してくるようにみえていた旗もどうやら一つところへとまって進めないよ・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
出典:青空文庫