・・・牛乳瓶はここを先途とこぼれ出た。そして子供の胸から下をめった打ちに打っては地面に落ちた。子供の上前にも地面にも白い液体が流れ拡がった。 こうなると彼の心持ちはまた変わっていた。子供の無援な立場を憐んでやる心もいつの間にか消え失せて、牛乳・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 舳櫓の船子は海上鎮護の神の御声に気を奮い、やにわに艪をば立直して、曳々声を揚げて盪しければ、船は難無く風波を凌ぎて、今は我物なり、大権現の冥護はあるぞ、と船子はたちまち力を得て、ここを先途と漕げども、盪せども、ますます暴るる浪の勢に、・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・歴史小説というものが、この頃おそろしく流行して来たようだが、こころみにその二、三の内容をちらと拝見したら、驚くべし、れいの羽左、阪妻が、ここを先途と活躍していた。羽左、阪妻の活躍は、見た眼にも綺麗で、まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはま・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ ばれない奴等はここを先途とあらゆる組織にもぐり込み、労働者、農民の決定的な勝利を妨げようとする。 農村の集団化の過程で農村における富農とそれにくい下る旧勢力がどんな悪意に満ちた中・貧農の敵であるかを大衆の面前に曝露した。集団農場に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ もう此処を先途と叫び立てる彼の声に驚かされて、飛び戻って来た雌鴨はまあどんな様子を見た事か! 彼女は第一に、宙を掻いて居る一本の卵色の足を見た。 次には、白黒くピクピクして居る腹をながめ、最後に口をあけハアハア云って叫んで居る・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫