・・・――これは怪しからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖を害って、どうやら華魁の道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだった。が、何、降るものと極れば、雨具の用意をするのは賢い。……加うるに、紫玉が被いだ装束は、貴重なる宝物であるから、驚破・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・欠く 塚中血は化す千年碧なり 九外屍は留む三日香ばし 此老の忠心きようじつの如し 阿誰貞節凜として秋霜 也た知る泉下遺憾無きを ひつぎを舁ぐの孤児戦場に趁く 蟇田素藤南面孤を称す是れ盗魁 匹として蜃気楼堂を吐くが如し 百年の・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「幸福の島から、魁をして、こちらの国へやってきたのではないか。」「なんにしても、いまに着いたら、すこしぐらい沖のようすがわかるだろう。」と、みんなは、くびを差し伸ばして黒いもののこの岸に近寄るのを待っていました。 だんだんとその・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗にて購うて帰りぬ。午後、我がせし狼藉の行為のため、憚る筋の人に捕えられてさまざまに説諭を加えられたり。されどもいささか思い定むるよし心中にあれば頑として・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・もちろん現在ではかえって科学の進んだために前よりも不幸になった人間も多数にありはするが、それは物質科学の方面だけが先駆けをしてほんとうの社会科学、現在のいわゆる社会科学よりももう少し科学的な社会科学、がはるかなかなたに取り残されたために生じ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・「長三郎に魁車がつきあうのやけれど、すいた水仙のところなんか、何だか変なもんや。私いくつ時分だったか、一本歯をはいて、ここの板敷を毎日毎日布を晒らしてあるいていたもんや」お絹はそう言って、銚子にごぽごぽ酒を移していた。 廓はどこもし・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・其ノ後慶応年間ニ至ツテ、松葉屋某ナル者魁主トナリ、遂ニ旧府ノ許可ヲ禀クルヤ、同志厠与ニ助ケテ以テ稍ク二三ノ楼ヲ営ム。其ノ創立ノ妓楼トイフモノハ則曰ク松葉屋、曰ク大黒屋、曰ク小川屋曰ク吉田屋曰ク金邑屋此ノ他局店ハ曰ク三福長屋、曰ク恵比寿長屋等・・・ 永井荷風 「上野」
・・・この一条については下士の議論沸騰したれども、その首魁たる者二、三名の家禄を没入し、これを藩地外に放逐して鎮静を致したり。 これ等の事情を以て、下士の輩は満腹、常に不平なれども、かつてこの不平を洩すべき機会を得ず。その仲間の中にも往々才力・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ところがこうやってしげしげその顔を眺めていると、豪魁そうに舌まで見せて口をかっと開いている牡の方が人のいい親爺に感じられ、却って口をつむんで傍にひかえている牝の表情に、ひとくせ籠ったものがある。じっと見ていると笑えて来る。 やすくて生の・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・その内寛永十四年嶋原征伐と相成り候故松向寺殿に御暇相願い、妙解院殿の御旗下に加わり、戦場にて一命相果たし申すべき所存のところ、御当主の御武運強く、逆徒の魁首天草四郎時貞を御討取遊ばされ、物数ならぬ某まで恩賞に預り、宿望相遂げず、余命を生延び・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫