・・・時々小説のような物を書いて雑誌へ出す事もあるが、兎角の評判もないようである。自分の小説が何かに出ると、方々の雑誌屋の店先で小説月評といったような欄をあさって見るが、いつでも失望するにきまっていた。 根津辺の汚い下宿屋で極めて不規則な生活・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ 兎角する中議論はさて措き、如何に痩我慢の強い我輩も悠然としてカッフェーのテーブルには坐っていられないようになった。東京の新聞紙が挙って僕のカッフェーに通うのは女給仕人お民のためだという事を報道するや、以前お民をライオンから連出して大阪・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・一事に心を籠め、二十五歳の年、初めて江戸に出でたる以来、時々貝原翁の女大学を繙き自から略評を記したるもの幾冊の多きに及べる程にて、其腹稿は既に幾十年の昔に成りたれども、当時の社会を見れば世間一般の気風兎角落付かず、恰も物に狂する如くにして、・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
我々の、未だ完全に世界化されない生活感情では、兎角外国で起った事は、まるで異った遊星に生じた現象ででもあるかのような、間接さを以て、一般に迎えられる。理論は、既に、或る程度まで宇宙的になっているだろう。然し、真実、一人一人・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・ 今日の女優には、数百の見物の眼と、与えられた役割との間に迷って、兎角あまり素晴らしくもない素の自分を露出させて仕舞う芸術上の未熟が付き纏っている。女形には、芸の上に於て、其那腕のなさはない代り、どうしても、エキスプレッションが、女形の・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 異性が異性を見る場合に、兎角起り勝ちな、又、殆ど総ての場合に附帯して来る、多大の寛容と、多大の苛酷さが、アメリカの婦人に対しても両方の解決を与えるのだと思います。 まして、現代の日本の男性に表われて居る二つの型――勿論其は至極粗雑・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・婦人は、平静に母親らしい落付きを保とうと努めながら、愛撫や囁きやアルコオルのため兎角ぐらつきそうになる。映画では大抵若い役者の役割であるラブ・シーンが、このように禿げた男、このように皮膚が赧らみ強ばった女によって現実になされるのを目撃するの・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
出典:青空文庫